風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

絵本『マフィンおばさんのぱんや』竹林亜紀=作、河本祥子=絵(福音館書店)

 絵本の中から匂いが溢れ出して来るようなお話を紹介しましょう。
 その前に、皆さんは好きな匂いというとどういったものを思い浮かべるでしょうか。私には好きな匂いがいっぱいあって、3っつくらいにしぼろうと思ってもなかなか出来ません。
 紀州で育った私はみかんの香りが大好きです。柑橘系の果物の香りはくっきりしていて皮を剥いただけで香りが漂いますから、長い間、りんごの香りというものが分からないでいました。福島育ちの夫と結婚して、実家から届けられたりんごの箱をあけ、その香りのやさしさに驚いたのでした。柑橘系の果物の香りは気分をリフレッシュしてくれますが、りんごの香りは気持ちを落ち着かせてくれる気がします。
 食べ物の香りというとコーヒーやカレーの匂いを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。レストラン街を歩いていても、カレーの匂いにはすぐに引き付けられて食欲をそそられます。
 さて、ご紹介するのは、パンの焼けるおいしそうな匂いが溢れてくるような絵本です。竹林亜紀=作、河本祥子=絵『マフィンおばさんのぱんや』(福音館書店
 米が主食の日本ですが、この頃では自動パン焼き機を買って自宅でもパンを焼いている家庭が増えているのではないでしょうか。一度でもパンを焼いた事のある方はお分かりでしょうが、パンを焼く匂いは部屋中にたちこめて、幸せな気分に包まれるものです。
 パンを焼く匂いは家庭のあたたかさを思わせます。けれど、この絵本の中でパンが焼かれているのは家庭ではありません。マフィンおばさんのお店の中なのです。しかも焼いているのは、パン屋の手伝いをしているアノダッテという男の子でした。この子に両親がいるのかどうかは、この絵本には描かれていません。
 ある夜、アノダッテはマフィンおばさんの真似をして地下室でパンを作ります。ジャムに、ほしぶどうに、チョコレートをたっぷりまぜて・・。そうして、かまどにパン種を入れて眠ってしまったアノダッテは、どっしーんという大きな音で目をさまします。すると、そのパンはふくれにふくれて、階段をはいあがり二階を通り抜け、屋根裏部屋の窓から顔をのぞかせるほどに膨れます。絵本を読んでいる私も、「あー叱られるぅ」と思った時、マフィンおばさんが言います。「あたしも、こんなおおきなぱんをやいてみたいとおもっていたんだよ」
 パンの匂いのこうばしさと相まって幸せな気分に満たされる結末です。パンが焼ける匂いはあたたかい家庭の匂いだと、しみじみ納得させてくれる絵本です。
 いたずら好きで叱られてばかりいる男の子に読み聞かせてあげたい絵本です。叱ってばかりいるお母さんがお子さんに読んであげるのも素敵なことです。


この文章は10年ほど前に書いたもの。あの頃、福島から送られてきた一箱の林檎は、台所の隅で薫って私を幸せな気持ちにしてくれたのだった。けれど今は・・。