風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

水色の紫陽花と赤い花

水曜日、

一番先に咲いたグロリオーサを一輪だけ切ってきて、

 

水色の紫陽花と一緒に。



 

日本柊の実も、居る。主役じゃないけど。

 

 

 

土曜日、朝、目が覚めると、脳内で「水色の紫陽花を切ってきて、そこにアリストロメリアを添えて入れなさい」とお告げがあったので、

こんな風に、

入れた。

 

 

 

 

 

 

ゼラニウム

もう一つの蕾も・・。






 

 

 

 

 

 

 

失調型パーソナリティと、『旺盛な生活者』

特徴と背景

 失調型パーソナリティ障害の特徴は、一言でいえば頭で生きているということである。奇妙でユニークな思考や直感が常に生活や行動に影響を及ぼしている。何も考えていないようだが、頭の中の思考は驚くほど活発で、常に頭の中で対話していたり、自分に向かって語りかけている。それが、独り言や思い出し笑いになって、出てしまうこともある。(略)

 そのため、常識的な周囲としばしば摩擦を生じたり、変人扱いされることも多い。

(略)

 失調型パーソナリティ障害は、統合失調に近い、あるいは同じ遺伝的素質を持ちながら、環境因子や発病を抑制する他の素因によって、統合失調症を発症していない状態と考えるのが一般的である。したがって、他のパーソナリティ障害と異なり、遺伝的要因の関与が比較的大きいといえる。一般人口の約三パーセントが該当すると言われている。

 

克服のポイント

 スキゾタイパルな人は、日常的な雑務や現実的な問題の処理が苦手である。(略)

 (略)そういう意味でも、抽象的なことにばかり関心を持たず、生活を実感できるようなことを趣味に持つことは、バランスをとる上でも有効である。園芸や料理、ペットを飼う、メンタルな要素の強いスポーツもいいだろう。

(略)

 家庭を持ち、子育てや家事に積極的に取り組むことも、このタイプの人の浮世離れした傾向を是正してくれる。雑事と思わずに、日常の些事に前向きな気持で関わることが、後年、大きな成果を生むことにつながる。(岡田尊司=著『パーソナリティ障害』)

 

ほんとうに、日常的な雑務や事務的手続きに追われると死にたくなる(笑)。

にしても、「何も考えていないようだが」って、失礼ね!(笑)。

 

けれど、幸いなことに私は、若い頃から料理をするのが好きだった。毎日毎日食事の用意をするのは大変な事だが、大方の場合、料理をしていると元気が出てくる。体を動かすということが良いのだろう。

 

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『パーソナリティ障害』の失調型パーソナリティのタイプには夏目漱石があげられている。

『坊ちゃん』『こころ』などで知られる文豪、夏目漱石にも、統合失調症を思わせるような病的な体験があったことは有名である。(略)

 だが、その一方で、彼は休むこともなく大学の講義をこなし、創作活動を行い、日本文学史に並ぶもののない金字塔を打ち立てたのである。したがって、土居健郎氏らが指摘するように、彼が統合失調症だったとは考えにくく、現在の診断基準では、失調型パーソナリティ障害であったと推測される。

(略)

 帰国からちょうど二年後の明治三十八年一月、『吾輩は猫である』が、雑誌『ホトトギス』に掲載された。猫が、少し変人の主人やその友人たちの生活を、皮肉な第三者の眼差しで観察するという形式は、統合失調症的な、関係妄想の世界から脱出し、バランスを取り戻す上で、非常に有効だったのかもしれない。創作や自分を表現することが、発病の危機を乗り越える上で、大きな助けとなる。(岡田尊司=著『パーソナリティ障害』)

 

以下は、月刊日本7月号』から山崎行太郎江藤淳とその時代」より

 言うまでもなく、漱石は、「実存主義的人間」でありながら、家族のために生活費を稼がねばならない「旺盛な生活者」でもあった。「旺盛な生活者」であるか、ないかというところが、漱石とアントワーヌ・ロカンタンとの大きな違いであった、ということになる。(山崎行太郎の「江藤淳とその時代」第17回『月刊日本7月号』より)

 

「だけど、ぼくは、あんまり小さかったから、あの花を愛するってことが、わからなかったんだ」(サン=テグジュペリ星の王子さま』より)

 

 

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「重荷であった存在が錘(おもり)となって、その人を支えている」ということがあるのかも知れない

 

 

塩麹に漬けた腸活ミニ野菜のラリーノとホワイトラリーノ。



 

 

 

 

私の好きな向日葵を・・

“和歌山の花”と書かれて売られていたと、

私の好きな向日葵を
教会の青年が買って持ってきてくださった。

 

 

水曜日、階段の踊り場へ
ひまわり
時々、猫。

 

 

私が向日葵を好きなこと、知ってくれていたんだって。

娘は初めて聞いたって言ってた。

 

 

 

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「おそらくパウロは…西暦57年の春にこの書簡を書いたと思われます」

おそらくパウロエルサレムに向けてコリントのケンクレアイ港から出発する直前の西暦57年の春にこの書簡を書いたと思われます。https://shinguchurch.blogspot.com/2022/06/6193-141-9.html

 

「思われます」と言われているので、はっきりと分かっている事ではないのかもしれないが、「西暦57年の春に」といった具体的な記述が、死者の中からの復活を信じるというようなキリスト教信仰を絵空事でない堅固な信仰にするように思える。

 

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「西暦57年の春」だけでなく、この説教にはローマの信徒への手紙が書かれた背景が詳細に述べられている。

 

ところで、1世紀前半のローマ市には多くのユダヤ人が住んでいました。キリスト教は改宗したユダヤキリスト者によってもたらされたと考えられています。当初はユダヤ教の会堂であるシナゴーグで集会をしていましたが、41年にローマ市で集会の禁止令が出されシナゴーグでの集会が禁止され、公に集会ができなくなりました。このことでキリスト者独自の集会がローマ市内で深く根を下ろすことに繋がっていきます。ユダヤ教と一線を置いて、キリスト者による集会が、家の教会として根付いていきます。そんな時、49年にローマ皇帝クラウディウスユダヤ人追放令を出します。ユダヤ人追放令が出される前の家の教会の構成員の主流はユダヤキリスト者であり、彼らが教会の中心的な存在であり、多数を占めていました。そのユダヤ人たちが追放されて、教会から忽然と姿を消してしまったのです。教会には異邦人のキリスト者とローマの市民権を持つ少数のユダヤキリスト者だけが残されました。その時の教会は危機的な状態であったと思いますが、残された異邦人キリスト者たちが中心となって伝道を発展していきます。そして、54年に追放令が解かれます。そうするとローマ市から追放されていたユダヤキリスト者の一部がローマに帰ってきました。しかし、既にローマ市内の家の教会では異邦人キリスト者が多数派となっており、ローマにおける教会の勢力図に全く変わっていました。この勢力図の変化によって、異邦人キリスト者帰還してきたユダヤキリスト者との間で亀裂が発生しました。今日の聖書箇所の14章はまさしくそのことを示しているところです。それはパウロがこの書簡を執筆した目的の一つと言えますが、分裂しそうな教会の一致を図ろうとしたのです。教会の一致はパウロにとって重要な問題で、ローマ教会が分裂し崩壊してしまいますと、パウロのスペイン宣教の計画に支障が生じることになります。なお、パウロはローマへ行ったことがありませんが、交わりのあるアキュラとプリスキラを始め、ローマから追放されたユダヤキリスト者から詳細なローマ教会の情報を得ていたと考えられます。それでは、1節より以下順を追って読み進めます。

https://shinguchurch.blogspot.com/2022/06/6193-141-9.html

 

こういった背景が述べられていることで、以下の部分が理解できる。

もう少し、ストレートに言えば、ローマ教会に戻りたいというユダヤキリスト者を一切拒むことなく無条件で受け入れなさい、と勧めているのです。それと、もう1つ重要なこととして、パウロは双方が議論して、違いを明らかにしたり、どちらが正しいか比較したり、意見を一つに纏めることを求めておらず、一方の考えだけで教会を染めようとは考えていないということです。

(略)そして、先ほども申しましたが、野菜だけを食べている弱い人、というのはユダヤキリスト者のことで、これは旧約聖書の律法に記されている食べ物に対する規定が生活習慣になっている人たちことを示しているのであります。

また、2節は、各々キリスト者たちが律法を克服しているか、していないかの違いを述べています。つまり、律法の規定にとらわれず、何を食べても良いと信じているキリスト者も居れば、律法を拡大解釈し一切の肉を遠ざけて野菜だけを食べているキリスト者も居るというものです。大雑把にいいますと、全てのものを食べて良いと考えているのは異邦人キリスト者で、野菜のみを食べるのはユダヤキリスト者です。皆さん、ご存知のように、キリスト教ユダヤ教の中からスタートしました。1世紀のキリスト者の多くはユダヤ人でユダヤ教からの改宗者でありますので、当たり前のようにモーセの律法や宗教的習慣に従って生活をしていました。そのようなユダヤキリスト者の宗教的な行為や習慣は、思いつきや個人的な考えによるものではなく、神さまとの関係の中で時間をかけて培われたものです。食物規定もその一つで、行動として行う律法です。ユダヤキリスト者キリスト教へ改宗したからと言って主なる神さまから、別の神さまに乗り換えたわけではありませんので、生活習慣となった宗教的な行動は簡単に捨て去ることは出来ません。(略)パウロは、どちらも聖霊によって神さまに受け入れられたキリスト者でありますので、そのような外見上の行動を批判しても、意味が無い事だと教えているのです。

(略)

今現在、私たちの日本キリスト教会ではその様な信仰に関わる問題はおこっておりません。しかし、天皇の代替わりや過去の戦争の時代も含めて、日本におけるキリスト教の歴史において、祝祭日に関することでキリスト者としての良心、即ちイエス・キリストに心から従うことを、困難にさせることが何度もありました。そして、そのような事があっても教会の交わりの中で自由と一致を保持しようとさまざまな苦労と工夫がなされたのです。だから、いまこうして私たちに信仰が引き継がれているのです。現在も、キリスト教会には色んなタイプがあり、様々な考え方のキリスト者が集まっていると思います。しかし、その様な多様な人の集まりがあって、なおそこに一致があって自由がある、それがキリスト教会であるのだと思います。そして、それは主が私たちに与えて下さっている教会の姿であるのだと思います。

https://shinguchurch.blogspot.com/2022/06/6193-141-9.html

 

 

「教会の交わりと一致」(ローマの信徒への手紙14.1-9)

 

主にあって死ぬというのは、死という出来事がキリスト者である私たちの信仰生活と全く関係のない何処か分からない所で秘密裏に起こるのではなく、主にある信仰生活の経験として迎えることができるというものです。

 

勿論、キリスト者であっても、死を止めることも、避けることも出来ませんし、キリスト教に改宗しても、死が怖いと感じなくなるということはないと思います。死は不安で不気味なものであります。しかし、今の時代を生きる私たちにとって幸いなことに、イエス・キリストは2000年前に、死んで、死というものがどのようなものかを経験され、その死を打ち破って蘇られました。そのことによって、私たちは、自分が死んでいく時、死を自分一人だけで経験するのでなく、死に行くときも死んだあとも、イエス・キリストと堅く結ばれているのです。私たちと堅く結ばれているイエス・キリストは死を経験され、死を克服して蘇って下さったのであります。その主が終わりの日に私たちを蘇らせ永遠の命を与えてくださるのです。死を迎えるときもその主と堅く結び付けられていることをシッカリと覚えておかなくてはなりません。キリスト者にとって死は最強の敵ですが、死を打ち砕いて下さったイエス・キリストが私たち一人一人に、私の主として強く繋がって下さっています。主イエスは死という私たちの最強の敵より圧倒的に強いのです。そのイエス・キリストが教会のかしらで居て下さるのです。ですから、教会の交わりは強いのです。生きている者も死んでいる者も、イエス・キリストに堅く結ばれているのです。そのイエス・キリストの恵みに感謝しましょう。

 

全文は→https://shinguchurch.blogspot.com/2022/06/6193-141-9.html

 

 

 

少し前の水曜日。

 

 

 

 

 

 

 

「アブラハムと結んだ契約」(創世記17:1~8)

  「アブラハムと結んだ契約」

 
2022年6月19日(日) 聖霊降臨日後第2主日

聖書箇所:創世記  17章1節〜8節

 

 ちょうど1か月前の5月22日は創世記 15章1節~6節から共に聞きました。このときアブラムは、神が子どもを与えてくださらないので「わが神、主よ。わたしに何をくださるというのですか。」と訴えました。神はアブラムを外に連れ出して言われます。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。」「あなたの子孫はこのようになる。」神の声を聞いて、アブラムは主を信じました。そして主は、これを彼の義と認められました。

 

 続く16章では「アブラムの妻サライには、子供が生まれなかった。・・サライはアブラムに言った。『主はわたしに子供を授けてくださいません。どうぞ、私の女奴隷のところに入ってください。わたしは彼女によって、子供を与えられるかもしれません。』アブラムは、サライの願いを聞き入れた。」こうしてアブラムは、妻サライの女奴隷ハガルによってイシュマエルという男の子をもうけます。「アブラムがカナンの地方に住んでから、十年後のことであった。」とあります。そして16章の最後で「ハガルがイシュマエルを産んだとき、アブラムは八十六歳であった」と書かれています。12章4節には「アブラムは、ハランを出発したとき七十五歳であった」とあるので、アブラムがカナンの地に住んで10年後の出来事であったことが分かります。

 

 きょうの17章1節には「アブラムが九十九歳になったとき、主はアブラムに現れて言われた。」とあります。15章,16章の出来事から13年が経ちました。この13年でアブラムの信仰にはどんな変化があったでしょうか。この17章でアブラムは、神の改名によってアブラハムとなり、妻サライはサラとなりました。そして17章16節で神は「わたしは彼女を祝福し、彼女によってあなたに男の子を与えよう。」と言われます。そのときアブラハムはひれ伏して笑い、心の中で言います。「百歳の男に子供が生まれるだろうか。九十歳のサラに子供が産めるだろうか。」そしてアブラハムは神に願います。「どうか、イシュマエルが御前に生き永らえますように。」アブラハムは神の言葉を信じられなくなっていました。

 

 仕方のないことだと思います。そもそも神に召されてハランを立ったとき、アブラハム七十五歳、サラ六十五歳です。サラの女奴隷ハガルによってイシュマエルをもうけたとき、アブラハム八十六歳です。それから13年何もなかったのです。イシュマエルが神の約束の子だと思うでしょう。

 

 しかし神は、人間の予想、この世の予想を超える神の約束の真実をアブラハムに経験させるお考えでした。だからこのときアブラハムは神の声を聞かなければならなかったのです。「わたしは全能の神である。あなたはわたしに従って歩み、全き者となりなさい。わたしは、あなたとの間にわたしの契約を立て、あなたをますます増やすであろう。」「これがあなたと結ぶわたしの契約である。あなたは多くの国民の父となる。あなたは、もはやアブラムではなく、アブラハムと名乗りなさい。あなたを多くの国民の父とするからである。」(17:1~5)

 

 アブラハムを召し出された神は、全能の神なのです。アブラハムは全能の神を身をもって知らねばなりませんでした。そしてアブラハムは神の御前に歩み、全き者つまり神を信じて生きる者として証を立てねばなりませんでした。

 神は契約という言葉を何度も繰り返して、神の真実が貫かれることをお示しになりました。その契約の核心部分は、あなたたちの神となる、ということです。「わたしは、あなたとの間に、また後に続く子孫との間に契約を立て、それを永遠の契約とする。そして、あなたとあなたの子孫の神となる。」(17:7)「わたしは彼らの神となる。」(17:8)

 わたしがあなたの神なのだ、ということを神は自ら契約を結び、揺るぎないものにしてくださいました。

 

 わたしたちは罪を抱えていますから、いつもほどほどに神を信じています。しかし神は、わたしを信じて全き者であって大丈夫だ、全き者であれ、と言われます。

 そしてアブラハムと結んだ契約は今も変わらないことを示しておられます。

 きょうわたしたちは、アブラハムが聞いた神の言葉を聞きました。アブラハムに語られた神の言葉は、きょうわたしたちに向けて語られました。

 

 わたしたちの神は、自らわたしたちの神となってくださるお方。全能の神であり、わたしたちをご自身の恵みの契約に入れてくださるお方。その契約をイエス キリストにおいて成就し、神の約束が真実であることを証ししてくださったお方です。

 わたしたちはこの世の望みの消えゆくときにも、なお神を信じ、希望を抱くことができるのです。わたしたちには神がいてくださるのです。

 

 

 祈ります。

天にいらっしゃいます神さま。わたしたちの信仰は弱く小さいものです。あなたのことを忘れ歩むことの多いものです。それでもなお、あなたはわたしたちの神さまとなってくださいました。神さまの約束に依り頼んで日々歩んで行くことが出来ますように。

この祈りを、主イエスキリストの御名によりまして御前におささげいたします。

 

 

今日、説教を代読して下さった長老は、後半部分、神様は、「私たちの神となってくださった」という部分に力点を置いて語って下さったように思えた。

 

 

また私は、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は過ぎ去り、もはや海もない。また私は、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために装った花嫁のように支度を整え、神のもとを出て、天から降って来るのを見た。そして、私は玉座から語りかける大きな声を聞いた。「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となる。神自ら人と共にいて、その神となり、目から涙をことごとく拭い去ってくださる。もはや死もなく、悲しみも嘆きも痛みもない。最初のものが過ぎ去ったからである。(ヨハネの黙示録21:1~4)

 

 

「神様がいてくださる」  これ以上の慰めは、私には、ないように思える。

 

 

 

 

今日の玄関の花。