風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

2020-06-01から1ヶ月間の記事一覧

ちょっとここで、カラマーゾフのイワンのことを・・(加筆あり)

ドストエフスキー作品についてばかり書いているとアクセス数が低迷するようなのだが(笑)、構わず続けようと思う。 「ドストエフスキー『罪と罰』33」で『カラマーゾフの兄弟』のスメルジャコフについて書いていて、イワンの台詞が気になった。 「おい、お…

「救い主として敬われたかった男」ルージンと、スメルジャコフ − ドストエフスキー『罪と罰』33

もう何年になるだろう、ずっと以前から、彼は心とろける思いで結婚のことを夢にえがき、それでもこつこつと金をためることに専心して、時節を待っていた。彼は心の奥底に秘めかくすようにしながら、品行がよくて貧乏な(ぜったいに貧乏でなければいけない)…

(暴露主義者?)レベジャートニコフと、ルージン − ドストエフスキー『罪と罰』32

まだ田舎にいるうちからルージンは、かつて後見をしてやったレベジャートニコフが、いまは若手の進歩派のちゃきちゃきとして、よく話題にのぼる現実ばなれした一部のサークルで羽ぶりをきかせている噂を聞きこんでいた。この噂はルージンをおどろかせた。ほ…

重荷となっている人々が錨となってつなぎ止めている − ドストエフスキー『罪と罰』31

「だって、みんながあなたひとりの肩にかかってきたじゃありませんか。なるほど、以前にも、みながあなたにおぶさっていた。(岩波文庫『罪と罰 中』p266) 『ちがう、今日まで彼女を運河から引きとめてきたのは、罪の意識なんだ。それと、あのひとたちだ、…

朝になると・・

朝になると、やはり崩れていた。 紫陽花が弱ってきているのかと思ったが、そうではなくて、小さい方のが光に向かって向きを変えたので、中央に隙間が出来てしまっていたのだ。それで、紫陽花の向きを変えて入れ直した。夾竹桃の位置も変えた。光に向かってい…

ポーレチカ、リードチカ、コーリャ − ドストエフスキー『罪と罰』30

ポーレチカ、リードチカ、コーリャというのは、ソーニャにとっての継母カチェリーナの連れ子である。 一番上のポーレチカはマルメラードフの臨終に際して、ソーニャを呼びに行くようにカチェリーナから命じられる。 「ポーリャ!」とカチェリーナが叫んだ。…

夢のあわいに、時の間(ま)に・・・

目覚ましが鳴るまでもうあと11分 妹あやしき保護区の保護に 私には妹も弟もいない 「沈黙は加害の側に立つこと」と洗脳電波流れ来・・・、沈黙 わたくしは祈ってなどはおりません立ちつくしてるただそれだけの・・ 電話の後で 友人の悩みの深さに祈ることで…

願いを共有する(祈りについて)

また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうちの二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」。(マタイに…

祈りは、無力を知ったところから始まる

祈りについて考える会合の中で、一人の青年が、クリスチャンでない友人に祈って欲しいと頼まれたという話をしたそうだ。試験に受かって単位が取れなければ資格を習得できないから祈って欲しい、と。その時この青年は、自分が祈ったからといって試験に受かる…

神さまは、祈ることを、美しいことと見ていてくださる

「地の塩、世の光とされて」マタイによる福音書5:13-20 堤隆牧師説教 この立派な行いというのは、元の言葉は良いとか美しいという言葉が当てられています。「良い行い」、「美しい行い」、人が見て心惹かれる業、自分もああなりたい、自分も行ってみたい、そ…

ソーニャについてのラスコーリニコフの考察 − ドストエフスキー『罪と罰』29

しかし、それにしても、こうした性格をもち、まがりなりにも教育を受けているソーニャが、けっしてこのままの状態にとどまっていられないだろうことも、彼には明らかだった。やはり彼は、ひとつの疑問をふっきれない ーー なぜ彼女はこんなにも長い間、こう…

「神さまがなかったら、わたしはどうなっていたでしょう?」− ドストエフスキー『罪と罰』28

「求めよ、さらば与えられん」というイエスの言葉は聖書の中でもあまりにも有名な言葉だろうと思うが、これについて記されたルカによる福音書の方では以下のように続いている。 そこで、私は言っておく。求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そ…

葛原妙子62

遠街に人あらはれて消ゆるなり神よ悲哀を目守りたまはな 『鷹の井戸』 眠れぬままにカーテンを少しだけ開けて明るくなった外の光を入れ、葛原妙子の歌集を捲っていた。生きては死んでゆく人の悲哀を詠っている、と思った。 みゆるごとあらはれながらとこしへ…

梅雨には雨がふさわしい

生きるのがいやになります生きてます雪に傘さすこともないまま・・ 子どもの頃から人は皆いつか死ぬのだと考えては死を恐れていた。そのくせいつも死にたい死にたいと思い、それなのに死のうとしたことなど一度もなくて、死を予告する手紙を寄越した友人を大…

跪(ひざまず)く − ドストエフスキー『罪と罰』27

・・・・・ふいに彼は、すばやく身をかがめると、床の上につっ伏して、彼女の足に接吻した。ソーニャはぎょっとして、相手が狂人ででもあるかのように、思わず身をひいた。事実、彼は正真正銘の狂人に見えた。 「どうなさったんです。どうしてこんなことを?…

ソーニャ7 − ドストエフスキー『罪と罰』

兄はひとりきりではない。彼女、ソーニャのもとへ、兄は最初に懺悔にやってきた。兄は人間が必要となったとき、彼女のなかに人間を求めた。彼女は、運命のみちびくまま、どこへでも兄の後について行くにちがいない。(岩波文庫『罪と罰 下』p350) やはりこ…