ポーレチカ、リードチカ、コーリャというのは、ソーニャにとっての継母カチェリーナの連れ子である。
一番上のポーレチカはマルメラードフの臨終に際して、ソーニャを呼びに行くようにカチェリーナから命じられる。
「ポーリャ!」とカチェリーナが叫んだ。「ソーニャのとこへ行って来ておくれ、いそいで。もし家にいなくてもね、お父さんが馬車にひかれたから・・・・・帰ったらすぐ来るようにって言ってくるんだよ。大急ぎでね、ポーリャ! さ、このプラトックをかぶっておいで!」
「いっちょけんめい走ってよ!」椅子の上の男の子がふいに叫んだ。そして、そう言うなり、また元のようにしゃんと背をのばして椅子に掛け、目を見はり、踵をつけて爪先を開いた恰好で、黙りこんでしまった。(岩波文庫『罪と罰 上』p370)
この「いっちょけんめい走ってよ!」という訳が本当にそんな風に言いそうで、可愛くていいなぁと思ったのだった。「ピローグ」を「肉饅頭」と訳したほどではないにしても・・。
少女は彼を見つめながら、子どもらしく、楽しげにほほえみかけていた。彼女は、自分にとってもたいそううれしいらしい伝言を持って、駆けて来たらしかった。
「ねぇ、あなたはなんていう名なの?・・・・・それから、お住まいはどちら?」彼女は息をはずませながら、せきこんで聞いた。
彼は少女の肩に両手をかけ、ある幸福感をおぼえながら彼女を見やった。彼女を見ることが、彼には楽しくてならなかった。それがなぜかは、自分でもわからなかった。
「だれに言いつかって来たの?」
「ソーニャ姉さんに言いつかって来たの」少女は、ますますうれしそうに笑いながら、答えた。
「ぼくもそう思ったよ。きっとソーニャ姉さんだなって」
「お母さんからも言いつかったのよ。ソーニャ姉さんに言われて行こうとしたらね。お母さんもそばに来て、「ポーレニカ、急いで駆けて行くんだよ!」って言ったの」
「ソーニャ姉さんは好きかい?」
「だれよりもいちばん好きよ!」ポーレニカは、何かとくべつに力をこめて言った。と、彼女の微笑にふいに真剣さが加わった。
(略)
「きみ、お祈りはできる?」
「あら、あたりまえよ、できるわ!(略)」
「ポーレチカ、ぼくの名はロジオンっていうんだ。いつかぼくのこともお祈りしてね。「僕ロジオンをも」って、それだけでいいから」
「あたし、これから一生のあいだ、あなたのことをお祈りしてよ」少女は熱っぽく言って、ふいにまたにっこり笑うと、彼に飛びついて、もう一度固く彼を抱きしめた。(岩波文庫『罪と罰 上』p385~388)
(赤字表記は、管理人ミルトスによる)
ここを読むと、貧しく苦しいはずの子ども達に喜びや信頼や憧れのようなものが満ちあふれているように見える。
それは、ソーニャが傍にいるからに違いない。
だからこそ、ラスコーリニコフは自分のことも祈ってくれるようにと願ったのだ。
神に信頼してその傍らで生きているポーレチカだからこそ。