風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

地獄とは・・。

そう言えば、「地獄」について語った説教があったなぁ、と思って探してみた。

 

 イエスは、一緒に十字架に付いている彼の告白、願いに対して、「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と答えました。「楽園」というのは、口語訳聖書では「パラダイス」となります。「パラダイス」という言葉は旧約をギリシャ語に訳した七十人訳聖書で、エデンの園の訳語に使われています。ですから、パラダイスということの方が重要だと思います。神の民は、楽園つまりパラダイスという言葉に、神が祝福された命が満ちた世界を当てはめたのです。

 そして、それ以上に大切なのは「あなたは今日わたしと一緒に」という言葉です。イエスが一緒にいてくださる所、そこがパラダイスなのです。この世界、この空間のどこかにパラダイスがあり、地獄があるのではありません。主が一緒にいてくださる所こそ、パラダイスであり、主がおられない、神を見出すことができない、祈りが空しく消え去っていく所こそが地獄なのです

 ですから、聖書では「わたしと一緒に」「わたしに立ち帰れ」「主と共に」「主に従って」という主と共にあることを表現する言い方がいくつもあり、そしてたくさん出てきます。

 イエスがお生まれになったときも天使は告げます。「その名はインマヌエルと呼ばれる。」(マタイによる福音書 1:23)インマヌエルとは「神は我々と共におられる」という意味です。我々と共におられる神、そのお方が救い主なのです。そしてイエスご自身、「わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイによる福音書 28:20)と約束されました。この主イエス・キリストと共にある、そこに救いがあり、そこにこそ神の祝福と恵みと永遠の命が満ちあふれる世界が開かれてくるのです。(説教「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」ルカによる福音書23:39~43より抜粋)

 

「主がおられない、神を見出すことができない、祈りが空しく消え去っていく所こそが地獄なのです」ー あぁ、ほんとうにそうだな、と思った。

 

 

あなたは高い天に上り 捕らえた者を引いて行き 人々を貢ぎ物として 背く者さえも貢ぎ物として取られる。神である主がそこに住まわれるために。詩編68:19 聖書協会共同訳)

 

 

ここには、神がおられる。

 

 

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