風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

「主であるお方が、僕になられた。」(待降節の説教より)

 

2021年11月28日(日) 主日礼拝【待降節第1主日礼拝】

 

 

主であるお方が、僕になられた。

 

 

祈ります

 私たちは、常に先を予想して動こうとします。しかし神様は私たちの予想を超えて動かれます。 主であるお方が、僕になられ、誰も予想しない、誰も期待してもいないことを、神はなしてくださいました。私たちも新しい歌を主に向かって歌えるように、イエス・キリストを見ることができるように、喜びをもたらす神の言葉を常に聞いていきたいと思います。

アーメン

 

全文は→https://fruktoj-jahurto.hatenablog.com/entry/2021/11/28/212639

 

上にリンクしたツイッター柄谷行人の言葉を見ていて、キリスト教徒の本質を言い当てているなぁ、と思っていた。

しかし、昨日代読して頂いた夫の説教を聴いていて、キリスト教徒の本質ではなく、これはキリストそのもののことではないか!と思ったのだった。キリスト教徒はキリストの後に従う者なのだから。

代読して下さった長老の祈りでも、「主であるお方が、僕になられ、」と祈られていて、同じところを聴き取って下さっていたと思い、嬉しかった。

 

 

myrtus77.hatenablog.com

 

 

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