風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

「オリーブ山へ行かれた。」(ヨハネによる福音書8:1)

今日お聴きしたお説教の最初の部分を書き起こして以下に掲載させて頂く。

1. 救い主としての孤独

 先ず、8:1を取り上げたい。この訳では不十分である。最初に「しかし」をつけるべきである。直前に7:53と対照的なことを語っているからである。人々は一日の働きを終えてそれぞれ家族の待つ家に帰って行った。テーブルを囲み、団欒し床につき眠る。それと対照的に主イエスは、オリーブ山へ行かれた。家ではなかった。ルカによる福音書によるとエルサレムにお出でになっているときはオリーブ山で夜を過ごされた。ルカは「それからイエスは、日中は神殿の境内で教え、夜は出て行って、『オリーブ畑』と呼ばれる山で過ごされた」(21:37)と記している。家族団らんのときを主イエスは、ひとりオリーブ山で過ごされたのである。主イエスは、こう言われたことがある。「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない」(マタイによる福音書8:20)と。救い主としての苦悩を言い表しておられるのである。主イエスの苦悩を知って、これを励ます者は周囲にだれもいない。無論、主イエスにも家族はあった。しかし、彼らは主イエスのことを分かっておらず、信じていなかった。弟子たちもいた。しかし、彼らとて主イエスが救い主としてなそうとしておられることを何も分かっていなかった。主イエスは地上にあって、人間的には孤独であった。

 主イエスは、わたしたち人間の罪がどんなに重く恐ろしいものであるかを、聖なる罪なき方であるだけによく知っておられた。更に、その罪のためにご自分が受けようとしている十字架の苦しみを思って苦悶しておられる。これがオリーブ山で過ごしておられる主イエスである。主イエスは「しかし、わたしには受けなければならない洗礼がある。それが、終わるまで、わたしはどんなに苦しむことだろう」(ルカによる福音書12:50)と。主イエスの苦しみは十字架上の苦痛だけでなかった。十字架のことが、常に念頭から離れず、それを思って苦しんでおられたのである。これがオリーブ山へ行かれた理由である。父なる神との対話で夜を過ごされた。この時だけは、孤独ではなかった。

 

若い頃、洗礼を受けた教会で借りた本に、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マルコによる福音書15:34)と十字架上でイエスが叫ばれたこの言葉は、詩編22編からの引用で、この詩編は最後、主への讃美に変えられていくというように書かれていた。

また、この箇所の説教で、この言葉はイエスの不信仰を表しているのではないと聞いたことがある。イエスは父なる神への不満を口にしているのではない、イエスは父なる神を信じられなくなったわけではない、というような。

しかし私は、人間が(人間の分際で)そのようにキリストを弁護する説教自体がおかしいと思った。

 

エスは、十字架につけられて殺されるが三日目に復活するということを予定調和的に知っていたから十字架につくことなど大したことではなかったというなら、それは茶番だということになるだろう。神の救いがそんな茶番劇なら、有り難くも何ともないだろう。それなら信じる必要もなくなる。

 

しかし、今日のお説教では、「主イエスの苦しみは十字架上の苦痛だけでなかった」と語られた。

十字架上で父なる神から見捨てられて苦しまれただけでなく、「十字架のことが、常に念頭から離れず、それを思って苦しんでおられたのである」とまで語られたのだ。それが、「オリーブ山へ行かれた理由」だった、と。

 

子どもの頃から〈生きること〉が苦痛だった。私の中には、そういう記憶しかない。楽しいことも笑ったこともあっただろう。けれど、生きることが嬉しかったという記憶はないのだ。そういう世界にイエスは来て下さった。そして苦しんで下さった。だからこそ慰めになるのであり、信仰が言い表されるのだ。

 

神の子であるキリストが、どこに神がいるのかと思える私達のところに来て下さり、神から捨てられる苦しみを味わい尽くして下さった。これが茶番であるなら何を信じているのか、ということになる。しかし、

 

エスはオリーブ山へ行かれた。(ヨハネによる福音書8:1)

 

 

紫陽花、擬宝珠、夕菅、千両。