風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

バルトとティリッヒ

村上伸さんの『ひかりをかかげてディートリッヒ・ボンヘッファー ヒトラーとたたかった牧師という著書がティーンエイジャー向けで出ているようだ。まだ読んでいないのだが、「ヒトラーとたたかった」ということなら、カール・バルトについてもパウルティリッヒについてもどなたか書いていただきたいと思ったことだった。
この時代にドイツ周辺で生きたキリスト者達はどんなに大変だったかと思う。

大島末男氏の伝記によると、バルトもティリッヒも同じ1886年に生まれている。ティリッヒはベルリン近郊の村で生まれ、ハレ大学、ベルリン大学マールブルク大学、ドレスデン工科大学宗教学教授としてドイツ国内で活動するが、フランクフルト大学の哲学部長であった時、左翼学生とユダヤ人学生を擁護する。その後ナチスによって停職処分を受け、社会主義的決断』が焼却されるに及んでアメリカへと脱出する。
一方バルトはスイスのバーゼルで生まれるが、ゲッティンゲン大学からの招聘を受けドイツに赴く。以後、ミュンスター大学、ボン大学へと移り、1934年、ヒトラーに忠誠を誓うことを拒否し教壇に立つことを禁止され、翌年スイスへと帰国するまでドイツに留まり、ドイツで活動した。
ティリッヒアメリカに渡ってからも難民の自助会を結成し特殊技能を持たない一般難民やユダヤ系難民を助けたようだが、バーゼルに帰ったバルトもドイツのユダヤ人解放のために力を尽くす。この二人は同じ大学で働くというような接点を持たなかったようだが、その行動はとても似通っている。ヒトラーが政権を取る可能性が高くなってきた頃、ナチスの勢力を阻止するために相前後してどちらも社会民主党に入党している。又、バルトは戦後の荒廃したドイツを援助するために奔走し、'45年破壊されたドイツを訪問している。ティリッヒも'48年5月から9月までヨーロッパを訪問し、廃墟と化したフランクフルトで「愛、力、正義」「新存在」「組織神学」を講義したと書かれている。

ところで、村上伸=著『ボンヘッファーの中には「ドイツ人は「上なる権威」を重んずる民族だと言われる。国家は、この世界に秩序を保つため、「神によって」定められた機構であり、臣民はこの「上なる権威」に対して従順を要求される、という考え方はドイツでは伝統的に強い」と書かれている。そういうドイツにあってドイツ人として生まれた者がナチスに抵抗していくというのは、勇気もさることながら、思想上においても伝統に縛られない自由を持っていなければ行動出来なかったのではないかと思う。バルトはドイツ人でなかったために逆に鋭く闘うことが出来たのではないかと思うが、それでも、ナチスと闘ったということがバルト神学に大きく影響を与えているように思われる。神の律法とドイツ国民の法律の同一性を主張し始めた自然神学の危険を鋭く見抜き、これに対抗していく時に、神の存在は聖書に示されたキリストによってのみ啓示されるという神学へと導かれていったのだと思う。この延長戦上にあって後年バルトは、ティリッヒについての演習を試み、「哲学と神学の相関論を主題とするティリッヒ神学の誤りを再認識」(大島末男=著『カール=バルト』)するに至るのだと思う。

ナチスに対して闘った二人の神学者が、その神学においては思想を異にするのである。けれど、大島末男の『カール=バルト』の中には、1963年にティリッヒはバルトを訪問し「二人は論敵でありながらも友人であることを確認しあった」と書かれている。又、ティリッヒ「つねに自己を変革する神の自由に基づくあり方」をバルト神学の中で最も高く評価した、と書いてある。

真理を追究せずにはおれないバルトと、批判を受けとめて「同一性と差異性の同一性」という自らの神学を生きたティリッヒ。私はこのどちらも切り捨ててはならないと思う。私達人間は自分が好ましいと思う方へとどうしても偏ってしまいがちになる。自らの正当性を主張しようとして一方を否定してしまう場合がある。けれど、そうすることで欠けのある人間の考えに堕ちてしまうのではないだろうか。人間の考えを超えた神の考えを求めるなら、生涯をかけて追究した二人の神学のどちらをも有り難く享受するべきだろうと私は思う。

難しい神学を噛み砕いてこのような伝記が書かれていることは、私のような一キリスト者にとって本当に大きな恵みであると思う。自分の信仰がどのように偏っているか、あるいは神から遠く彷徨い出てしまっていないか点検することが出来る。そして帰ることが出来る、神のもとへ。

参考図書:『ティリッヒ』大島末男=著(清水書院
     『カール=バルト』大島末男=著(清水書院
     『ボンヘッファー』村上伸=著(清水書院

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http://d.hatena.ne.jp/myrtus77/20120317/p1