風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

葛原妙子6

神ときに暗殺に介入するあらば卽ちシンバルは響かん 『をがたま』

『葛原妙子全歌集』(砂子屋書房の中の「歌集『をがたま』について」を見ると、『をがたま』には、昭和53年夏より昭和58年秋までの間に発表された作品が収録されているということが分かる。昭和53年つまり西暦1978年から1983年までに起こった暗殺事件、又、暗殺未遂事件には、'81年のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世暗殺未遂事件、同じ年にこれに先だって米大統領ロナルド・レーガン暗殺未遂事件、又、'80年にはジョン・レノン暗殺事件があるようだが、葛原妙子がこの短歌をどういうところから創作したかということは私には推測することすらできない。
私はこの短歌について、短歌を読んで受けた印象からだけで書いてみたいと思う。

私がこの歌を読んで思い浮かべたのは、ナチスによって処刑されたディートリッヒ・ボンヘッファーのことだった(これは、妙子がボンヘッファーのことを頭に置いてこの歌を詠んだと言っているのでは全くない)。では、どうしてボンヘッファーを思い浮かべたのか。ボンヘッファーヒトラー暗殺計画に加わっていたからである。そしてそれによってナチスに捕らえられ、戦争が終結する一月前にナチスによって処刑されたからである。
神学者であり牧師である人間がどういった思索の果てに人を暗殺するという思想に向かっていったのかは、私には分からない。けれどキリスト者として推察することはできると思う。ボンヘッファーは他者の苦しみを共に担おうとしたのではないか、と私は察する。しかし、それでも私は、彼は何もせずに無力の中で立ち尽くすべきであった、と思う。けれど、ボンヘッファーの最期を見とったという収容所つきの医師の回想(村上伸=著『ボンヘッファー』(清水書院))を読むと、彼は自分の十字架を負ってキリストに従おうとしたのだ、と思わされる。

さて、ボンヘッファーのことはいい加減この辺でおいて、妙子の歌に戻ろう。
新約聖書ヨハネの黙示録の中には、キリストが現れたときの様子を「ラッパのような大きな声」(1:10)とか「激しい雷鳴のような声」(14:2)と表現している箇所があるが、「シンバル」と表現しているところは見当たらないように思う(私が見落としているだけかもしれないが)。
けれど、この「シンバルは響かん」という表現は、耳に痛い感覚を生じさせる。「思わず耳を覆いたくなる」というようなイメージのシンバルの音は、これまで姿も見えず居るのか居ないのかも分からなかった神が突如として暗殺に介入してくるというような印象へと私を導く。
もし、妙子がこの歌をローマ教皇の暗殺未遂事件を題材に詠んだとすれば、その神は正義と救済の神として存在しているということになるだろう。この事件は(神の介入によって?)未遂に終わり、しかも狙撃犯も服役はしたものの恩赦を受けて死を免れたようであるから。では、ボンヘッファーの場合ではどうだろう。

ここで、もう一度ボンヘッファーに戻ることにしよう。
ボンヘッファーは暗殺を阻止された側に立つのだ。そして、神によってか運命の悪戯によってか、それ故に自らが処刑される側に置かれたのである。けれど、ボンヘッファーが従容として神に最後の祈りを捧げ絞首台に赴いたという叙述を読めば、彼が神を信じていたということがはっきりと分かるように思える。ボンヘッファーによって信じられていた神は、彼自身の考えを超えて歴史の中に介入される神なのだと思わされる。

どうしてここまで私がボンヘッファーに拘って妙子の歌について書こうとするのか。それは、この短歌の中に詠われている神が、人の考えをはるかに超えて、私たちの生の真っ只中に介入してこられる神であるように思われるからだ。

葛原妙子には、次のような短歌もある。

出現、とは日輪雲を破るごと神の首(かうべ)のあらはるるなり『をがたま』補遺

この歌が面白いのは、「神の首が現れる如く太陽が雲を破って現れる」と詠っているのではないところだ。さらに、「太陽が雲を破って現れるように神の首が現れる」と詠っているのでもない。「出現とは神の首が現れることである。太陽が雲を破って現れるように」と詠っているのである。凄まじい断定の仕方だと思う。
あぁ、そして、神の首が現れる時、闇から光へと変わるのだ。

わたしたちの神は来られる。黙してはおられない。(詩篇50:3)
お前はこのようなことをしている。わたしが黙していると思うのか。わたしをお前に似たものと見なすのか。罪状をお前の目の前に並べてわたしはお前を責める。神を忘れる者よ、わきまえよ。さもなくば、わたしはお前を裂く。(詩編50:21〜22)


ボンヘッファーが処刑された一月後、ナチスは降伏し、ヒトラーは自ら命を絶ったと言われている。

藭=神