風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

フジバカマ摘芯!と、牧師が寝たきりの長老制の教会

 

摘心

「てきしん」と読みます。たくさんの花を咲かせたり、実をつけさせたり、株のボリュームを増すために行います。

芽の先端を摘み取る作業のことで、先端の芽、頂芽(ちょうが)を摘むと、その下のふしにあるわき芽が伸びて枝数が増えるので、花や野菜の草丈が抑えられると共にボリューム感が生まれ、花はたくさん咲きます。(https://www.earth.jp/earthgarden/qa/tips/tekishin.html

 

「摘芯しながら、脇枝を伸ばす」というのは、若い頃に「広田靚子のハーブブック」を読んで覚えたことだ。

秋の七草の一つ、藤袴も和製ハーブではないだろうか?葉っぱに良い香りを持っている。

ほぼ咲き終わった中央の花を切り落として、脇から新しく伸びてきている枝の蕾を咲かせる。摘芯することで、株もしっかり大きく拡がる。

 

夏の頃には、

咲き始めた中央の花を切って
短く飾っていたが、

 

今は、

終わり始めた中央の花を切り落として、

脇枝の花を飾っている。

 

脇枝の花達が、

開き切って、満開になってきた。

 

 

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キリスト教の教会を制度的な側面から見ると、「監督制」と「会衆制」と「長老制」の大きく三つに分かれる、という。

私は制度的なことには昔から興味も関心もなかったのだが、池谷裕二先生の本の、下に引用した部分を読んで、長老制というのも結構いいんじゃないかと思ったのだった。

 

 集団の効能という流れで、『効果的なリーダーシップ』というなんとも魅力的なタイトルのついた論文を紹介しましょう。ただしヒトではなく、動物のリーダーシップに関する研究です。

 群れをなす動物たちは、集団の進むべきルートをどう見定めるのでしょう。ミツバチや魚や鳥の一部では、…。

(略)

 さらに面白いことに、知識層のメンバーが正解にあまりに固執すると、集団は分裂崩壊してしまうことが示されました。リーダーは確固たる意図をあえて明示せずに、一見曖昧な行動をしたほうが、結果として集団を正しい方向に導くことができるようです。(池谷裕二=著『脳には妙なクセがある』(扶桑社新書)より)

 

教会の運営において、何を基に据えて決めるかといえば、「神はどのようにお考えか」ということである。しかし、神様がどのように考えておられるか等ということは言ってみれば誰にも解らないことなのだ。つまり正解を知っている者は誰もいないということである。答が分からない中で答を求めて進むべき方向を見出していかなければならない。

神の考えを聖書から読み取って伝える働きをするのは牧師の仕事である。けれど、これは神のお告げのようなものとは違う。牧師の務めは、具体的に起こってきた事柄に対して「神様はこう言っておられるからこうしなさい」と命じることではない。牧師が負っているのは、神の考えを聴き取って常に説教を通して語る務めである。

それに対して、神の考えを聴き取って決断する務めを負っているのが、長老制の教会における長老達だ。実際に起こってきた問題について答を求めつつ、進むべき方向を決めるのが長老達の務めなのである。

牧師と長老の役割が分担されているのも良いと思う。私は長老制の教会以外知らないので、他の教会については分からないが、池谷先生の本を読んでいて、うちの教会の制度はなかなかいいもんだ、と思ったのだった。

 

 

 

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