9月号の1,2ページには葬儀の辞を掲載した。
今回、Mさんの葬儀を教会で行うように、神が導かれたことを思います。
現在、教会の電話は故障しており、牧師館の電話は鳴りません。○○さんは何度かお電話をくださいましたが、出ることができませんでした。○○さんは教会のサイトをご覧くださって、メールを送ってくださいました。長老がその日のうちにメールに気づいて転送してくれたので、Mさんの様子を知ることができました。(略)
神はMさんの葬儀をご自身の恵みの下で行うように導いておられるのだと思いました。
(後略)
〈 聖書を読む 〉ルツ記
女たちはナオミに言った。「主をたたえよ。主はあなたを見捨てることなく、家を絶やさぬ責任のある人を今日お与えくださいました。どうか、イスラエルでその子の名があげられますように。(ルツ記4:14)
8月に主の元へとお送りしたMさんは、出兵によって生きているかどうかも分からない御夫君を待ちながらお子さん方を育ててこられた方だったとお聞きしました。
〈 幼い日に出会った讃美歌 〉 ○○○○
主われを愛す主は強ければ
われ弱くとも恐れはあらじ
わが主イエス われを愛す 讃美歌461
(中略)
この時の葬儀は、夏期学校の宿泊と重なってしまったので、先に火葬が行われた。
けれど、そのことによってカナダにお住まいのご長女が葬儀に連なることがお出来になった。
万事を益として下さる主の御働きによる。