風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

春の古書

真昼の古書に埋もるる春の幻

古書堂の闇深く春の入り日射す

夕映えて積まるる古書の影おぼろ

春夕べ ビブリア古書堂店仕舞ひ


大き地震(なゐ)ありていちめん春の古書


 閉店間際の夕方に余震が起こった。
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 東日本が大規模な震災に見舞われてから二十日あまり、四月に入った今も数日おきにこんな余震が起こっている。
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「栞子さんは」
「大丈夫です・・・でも、本が・・・」
 こんな時でも本なのか。「本の虫」にもほどがある。呆れながら立ち上がり、店内を見回した俺は唖然とした。
 通路に立っていた棚が斜めに倒れ、大量の古書が床一面にぶちまけられている。明かりもすべて消えて、停電しているらしく、いつも以上に通路が薄暗い。崩落しかけた洞窟の前にいる気分だった。もし誰かが通路にいたら、と思うと背筋が凍った。
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 連日ニュースで流れている放射能の数値は気になるが、とにかく生活しなければならない。俺たちの住む地域では、少しずつ日常が戻りつつある。
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「違うのよ。あの中身、全部ペットボトルの水。あの子東京に住んでるって言ったでしょう。まだあんまりお店にも水が並んでないっていうから、こっちで買って沢山持たせてやったの」
 俺は納得した。何週間か前、東京で水道水から基準値以上の放射性物質が検出され、一斉にスーパーからミネラルウォーターが売り切れたと報道されていた。地域によってはまだその影響が残っているのだろう。このあたりは比較的値が低かったので、さほどの騒ぎにはならなかったが。
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「ええ。だから・・。・・実際、そうなったわ。・・さんが、・・や・・を管理していなかったのは想定外だったけれど」
 彼女はそう言ってくすりと笑う。

三上延=作『ビブリア古書堂の事件手帖4〜栞子さんと二つの顔〜』(メディアワークス文庫)より