風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

妬みという感情







『繁栄からこぼれ落ちたもうひとつのアメリカ』  

大きな本屋に行っても買おうと思える本が目に入ってこないで結局見るだけで帰って来ることが多いのだが、昔ながらの小さな本屋に行くと、欲しいと思う本がなんだか目に留まって、今回も3冊も買ってきてしまった。
一つは、小林凜君の俳句の本『ランドセル俳人の五・七・五』(ブックマン社)。もう一冊は、「特別な1日(http://d.hatena.ne.jp/SPYBOY/20131004)」さんでも紹介されていた藻谷浩介=著『里山資本主義』(角川新書)。そして最後が、夏目漱石=作『夢十夜』(岩波文庫

漱石の作品には若い頃の苦い思い出があったのだが、娘から教科書に載っていた『夢十夜』の中の一話が「とてもいいよ」と勧められて読んだことがあり、これなら読めそうだと思ったのだった。その『夢十夜』が置いてあった。
大きな本屋には岩波の本は置かれていない。以前、岩波の新書でちょっと見てみたいのがあって大きな本屋で尋ねると、「岩波のは取り寄せになります」と言われたのだった。ちょっと中身を見てみたいという時に、田舎では大書店がないので不便だと思う。ネットでばかり本を買っているとますます本屋が廃れてしまうと思うので、この頃はネットで注文して昔からある小さな本屋に取りに行くというe-honというものを利用している。





磯谷友紀=作『本屋の森のあかり』(講談社というコミックの4巻に『夢十夜』が取り上げられている。『本屋の森のあかり』というのは大きな本屋に就職した主人公「あかり」が小さな本屋に転職していく経緯を恋を交えて描いた話なのだが、ここに出てくる小さな本屋の独自の本の並べ方に惹かれて、私も小さな本屋をやってみたいと思ったのだった。

本屋もやってみたいのだが、かつて自費出版で本を出そうとしたこともある。娘と読んだ本の紹介をまとめた紹介本を。けれど、出版社に問題があると判断して途中で契約を解除した。

文は人なり」というけれど、「妬ましい」という感情が根底に透けて見える文章に出合うと哀れに思う。どんなに高尚な言葉を用いていようが、逆にどんなに汚い言葉で罵っていようが関係ない。問題は、その文章の根底に「妬み」が潜んでいるかどうかなのである。妬む思いが見えるものは、傷ましいとさえ思える。

「妬み」という感情ほど厄介なものはないと私は思う。「妬み」という感情は突然わき起こってくるものである。自分の中にそういったものがわき起こってくる可能性があるということを分かっている必要があると思う。「妬み」という感情は知らず知らずのうちにヘイトスピーチなどを引き起こすからである。

これは、私自身の身に覚えのある感情だからそう思うのだ。絵本や児童書の紹介本を出すことを断念した私は、若いタレントが絵本の紹介本を出したというニュースを耳にしたりすると、その本をきちんと読みもしないで、「何も分かってもいないタレントがこんな本を出すなんて我慢ならない」と思ったことがあるのだ。

「妬ましい」という思いを抱えた者は、他者の目には、何とも言えぬ傷ましい姿に映っているということを分かっていなくてはならないと思う。

「喜ぶ人と共に喜ぶ」(ローマの信徒への手紙12:15)ことの出来る人は幸せであろうと思う。喜んでいる人を妬ましいと思う人ほど不幸な人はいないと思う。神からの慰めを祈る他はない。