風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

『海猫宿舎』の装丁と帯の色と・・

霧は晴れる船は旅立つ老爺を乗せて

長野まゆみ=作『海猫宿舎』(光文社)の表紙の装画は作者自身によるもののようだ。そして装丁は松田行正さんとなっている。『海猫宿舎』を買ったのは、この表紙画を含む装丁と、帯の色と、帯に書かれた文章に惹かれたためだった。


一冊の本の購入へと至る道は幾通りもあると思うが、本屋に行って、他に何も情報を持たない場合には装丁や帯の言葉の持つ力は相当大きいと思う。紙で創られた本というのは一つの総合芸術と言って良いのではないだろうか。装丁や帯を見て私は本を買うことが結構あるのだが、そのほとんどが買って良かったと思えるものであった。装丁に惹かれて買う本というのは、その装丁を担当した人がその内容をきちんと理解して惚れ込んで創っている本であるということなのだ。だから装丁で選んで間違うことは少ないのである。[



他にも装丁で選んだ同じ装丁家の本→


村上春樹氏に風の歌を聴け』(講談社文庫)という小説がある。私の娘は、本屋でこの文庫本を見て、いつもタイトルに惹かれるのだけれど装画が気に入らなくて買う気にならない、と言っている。村上氏の小説は女性にはあまり人気がないのではないかと思うのだが(偏見に満ちた推論であるかも知れないが)、その女性というのは本を装丁や装画で選ぶことが男性よりも多いのではないかと思う。
末永蒼生=著『色彩自由自在』の中に、「小説を色で読み解く楽しみ」ということで、これも村上春樹氏のノルウェイの森が取り上げられている。

 1987年の秋から1988年にかけて、よく売れた小説があった。その本は書店でひときわ目立った。表紙の配色が大胆で、かつ美しかったからだ。
 村上春樹の小説『ノルウェイの森』(講談社)上・下巻。上巻はつやのあるルージュの地に、ヴィリジァンの緑で縦にくっきりとタイトルと著者名が入っている。下巻は、上巻と逆に地が緑で、文字がルージュ。
 赤と緑という2つの色だけの配色が、こんなにきれいでしゃれた感じに映るなんて。へたをすると下品になりかねない配色なのに、匂いたつような品の良さがある。
 村上春樹が自ら装幀したというこの赤と緑は、小説の内容に実にふさわしい装いだった。
 本の帯に著者の言葉がある。「・・・激しくて、物静かで、哀しい、100%の恋愛小説です」
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 下巻の最後の1ページは、緑という女性が、世界中の芝生のグリーンが、目に浮かぶように描かれて終わる。そしてこの下巻は、ヴィリジァンの深い緑色のカバーで包まれている。
 ワタナベの再生を予感させるラストシーンは、緑という色によってみごとに描写されているのだ。
 燃焼の赤。再生の緑。「赤と緑」という補色の組み合わせにぼくはあらためて感動した。(末永蒼生=著『色彩自由自在』(晶文社)より引用)

この文章を読んで、私は『ノルウェイの森』を思わず買おうと思ったほどだった。しかし私は昔から恋愛小説というものに全く興味がないので、実際に本屋で中身をちらちら読んで買うのは止めたのだが・・。それにしても、装丁や帯や装画の持つ力はそれほど大きいということなのだ。