風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

帰っては来なかった僕の美しい夢ー映画『風立ちぬ』(宮崎駿監督作品)

帰っては来なかった僕の美しい夢

ジブリアニメ『風立ちぬを見てきた。
想像力とは、自分の与り知らない苦しみや悲しみに思いを馳せる力なのかも知れない。そして、何かを作り上げていく行為はこの力に負うところが大きい、と思った。

風立ちぬ』を観て、私は、大学を卒業して20年間原子力プロジェクトに携わってこられたという田坂広志氏の会見を思い浮かべた。
昨年掲載した田坂広志氏の会見
   ↓
http://d.hatena.ne.jp/myrtus77/20121104/p1

先ほど申し上げたように私は原子力の世界を歩んだ人間です。
特に感情的に原子力をつぶしたいと思っている人間でもありません。

ただですね、専門家として、今現実のこの状況を見た時に、
もう原発は推進反対に関係なく、
必ず止めざるを得なくなっている状況になっているという事を、
まず、直視するべきだと思います。


こちらは、『NO!原発』と書いたプラカードを首からぶら下げて歩く宮崎駿氏の記事。↓
http://d.hatena.ne.jp/SPYBOY/20130719ー「特別な1日(UNA GIORNATA PARTICOLARE)」

以下は、
「番外編・原子力の戦後史を聞く」から 吉井英勝共産党衆院議員 :日本を創る - 47NEWS(よんななニュース)より抜粋引用したもの。
 ―2005年と06年に、津波による原発の全電源喪失と冷却系の破綻の危険性を質問主意書などでいち早く指摘した。
 「当時、政府や電力会社は正面から受け止めず、その後も安全対策を怠ってきた。3月の福島第1原発事故後、政府は誤りを認め謝罪したが、腹立たしい」

 ―原子力に関わることになったきっかけは。
 「中学生だった1956年、京都市内で開かれた原子力平和利用博覧会に行き、未来を夢みた。初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹先生はとても明る い光だった。あこがれて京大に入り、原子核工学を学んだ。就職後、プラント設計をやった。図面上と実際につくることは全く違うと肌身で分かった。配管溶接 の巧拙も分かる」

 ―電力会社は他の原発は安全と強調する。
 「全国の原発を訪ね歩いた。軽水炉は高温高圧と低温低圧を行き来し、膨張、収縮を繰り返す。激しい水の循環は配管を削り取る。中性子を浴び続ける圧力容器は劣化する。その現実を直視しているかあやしい」

 ―原発の安全性に疑問を持ったきっかけは。
 「79年の米スリーマイルアイランド事故、86年のソ連チェルノブイリの事故を経て、原発の危険性を痛感した。88年に国会議員になってからは原発問題一筋だが、観念的な脱原発論者ではない

 ―これまでの原発推進政策をどうみるか。
 「日本の原発はほとんどが米国由来の軽水炉で、運転すれば必ずプルトニウムが大量にできる。核兵器の原料となるばかりか、処理が困難な猛毒であり、環境汚染も引き起こす。未成熟な技術であり決別すべきだ」

 ―原発と人類は共存できないという発想か。 「決め付けはしない。人間が管理できる原発があり得るか。高レベル廃棄物の消滅処理を含め、基礎研究は続けるべきだ。科学を否定はしない

(中略)

 ―福島事故を経て、この構造は崩れていくか。
 「安全保障と結び付けて原発を維持しようとする勢力がおり、そう甘くはない。脱原発でも経済が成り立つよう再生可能エネルギー利用を爆発的に進めることが重要だ」(西野秀)=2011年11月08日

元記事
 ↓
http://www.47news.jp/47topics/tsukuru/article/post_72.html