風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

娘と読んだ・・・1(グリム童話)

娘が生まれてから、家にあったシュタイナー教育の本を読み始めた。シュタイナーというのはドイツの思想家で、その思想はキリスト教の異端とされているのだが、つまりその教育思想の良いとこ取りをしようとしたのだ。
シュタイナーの教育では、幼児にグリム童話を語り聞かせると言われている。どうしてグリム童話を語り聞かせるのかシュタイナー本を色々読んでみたのだが、しっくり理解出来ないまま娘が3歳を過ぎた時に、読み聞かせようとした。ところが、残酷なシーンや結末をどうしても聞かせることが出来ない。それで、残酷なシーンが出てこないお話を選んだり、最後だけ読まないで終わったりしていた。


そんな時、「ハゲワシと少女」という写真でピューリッツァー賞を受賞したカメラマンが自殺したという報道があった。
この写真が出た後「どうして少女を助けようとしないで写真を撮ったのか」とカメラマンを非難する声があがっていたので、その声に責められて自殺をしたのだろうか、と私は思ったのだった。それで、この自殺の記事を取り上げている雑誌を購入して読んだ。その時、両親や友人達がこのカメラマンについて語る記事を読みながら、私の中で、カメラマンが自殺したという事とグリム童話を子どもに読み聞かせるという事が一直線に繋がっていったのだった。

カメラマンは子どもの頃から無力感を抱えているようなところがあった、というようなことが書かれてあった。
「どうして少女を助けようとしないで写真を撮ったのか」ーそんな言葉を浴びせられるより前から、一人の少女をハゲワシから助けたとしても同じ光景がどこまでも続いていくような状況の中で、カメラマンはすでに絶望していたのではないだろうか、そう思ったのだった。
写真を撮った後、鳥を追い払い、木陰にすわり、タバコに火をつけ、神に語りかけ、そして泣いた(タイム誌掲載スコット・マクラウド氏の追悼文より)、と言う・・。

2011年に出版された『他者の苦しみへの責任』には、死の前に残されていたというこのカメラマンの書置きの言葉が引用されている。
ここでも、引用してみる。
彼が死の前に残した書置きには、・・、仕事のおぞましさに悩まされていたことが述べられている。「まざまざと脳裏に焼きついた映像ー殺しあい、死骸、怒り、苦しみ、飢えた子どもたち、傷ついた子どもたち、すぐに発砲する狂った警官たち、制裁と称して人を殺す者たち、などの映像ーが私を苦しめる。」( A・クラインマン他=著『他者の苦しみへの責任』(みすず書房)より引用)
ここで言われている「仕事」ということを考えるとき、二つのことが頭に浮かぶ。先ず一つは、自分の生きる糧を得るためのもの、ということ。もう一つは、このカメラマンのように報道に携わる仕事の場合、飢餓の世界の状況や人々を飢餓へと追いやる政治のあり方を世の中に伝えるという使命感と関わっている、ということだ。良い写真を撮って名声を得たいという思いも人間だからもちろん持っていただろうが、このカメラマンの仕事は、写真を撮ることで困難の中にいる人々を救おうというーそのような使命感を根底に持った仕事だった、と言える。
けれど、一枚の自分の写真でいったいどれだけの人間を救えるというのかーそのような無力感に常に晒されていたとしたら、どうだろう。
けれど又、たとえば私のような一主婦であっても、愛することを願って生きている場合には、平凡な日々の暮らしの中にあっても、このような無力感にいつでも晒されるのである。

もし、幼い頃からそのような状況の中に生きていたとしたら・・。「この世界は貧しさと苦しみに満ちていて、そこから人間を救い出せる者はどこにもいない」ーそんな精神世界の中を生きてきたとしたら・・。

私は、このカメラマンの自殺について書かれた雑誌を読みながら、そんなことを考えたのだった。そして、人が幼い頃には、悪がはっきりと滅ぼされ、弱い者が救われる物語が必要なのだ、そう思った。

残念ながら私も幼い頃にそんな物語を読み聞かされた経験を持たない。「だから」と、それだけで決めることも出来ないけれど、若い頃の私も、空しさを抱え無力感に陥りやすい人間だった。今でも幾分そのような傾向を持っている。

そう、だからそれ以来娘には、悪が必ず討ち滅ぼされ幸せが訪れる物語を、残酷なシーンも省略することなく、きっちり読み聞かせるようになったのだった。

ただ、グリムが集めた初期の童話の中には、ユダヤ人を悪として描き出し民族主義を煽るような話も混ざっていたようだから、そういったものには注意をする必要があるだろうと思う。

さて、語るというのはなかなか難しいので、娘に聞かせるために私は、こぐま社から出ている『子どもに語るグリムの昔話』のシリーズを中心に読み聞かせた。このシリーズは、佐々梨代子さん、野村泫さんの訳で6巻出ている。
又、こぐま社からは『子どもに語る日本の昔話』のシリーズも出ている。
日本の昔話については、小学校での読み聞かせなどの場合、私は、松谷みよ子の本8昔話』を用いることが多かったが・・。