久高島
カベールは神の降り立つところにてここよと指しぬ島の男は
戦場に父の死なざりし偶然より生まれ来たりてわれがもの言う
風葬の島の断崖あおられて澄みとおるまで木々の屈曲
何もないことが背筋を滑りゆくまばたきの間(ま)を岩に向き合う
見上げては写真に撮らん大いなるアダンの木の実の深き沈黙
沖縄アブチラガマにて
振り向けばわが立つ位置もなきごとし闇は光のあらざるをいう
水滴の落ちる範囲に空洞のあるらし何を踏んでいるのか
ぬばたまの闇より足を引き抜いて闇へ差し込み前へと進む
恐怖とは何をいうのかわからなくなりたるころに出口のひかり
五十年まったき闇を知らざりき停電の夜も眠れるときも
ヤンバルの山の裾野の糸芭蕉ゆらりゆうらり光を溜めて
集落に細き道ありその道の奥に芭蕉布工房しずか
〈機結び〉はるか昔にははそはの母の言いしか縁側に座し
炊飯の育児の野良の手仕事の間に織りけん一反の布
芭蕉布は平良敏子によって復興された
工房は機の音のみひびきおりときおり窓に風のおこりて
「撮影は止めてください」頑なと思ほゆるまで工房に澄む
一本の糸をひからせ杼(ひ)は走るみっしり重き沈黙の中
うつむいて黙してそして剛かりき女が布を織るということ
工房にチャイム流れて表情の弛めば低く声を掛け合う
若い女は化粧をしていなかった
私ラハ織ルダケデスと手を休め何とやわらかく笑うのだろう
工房の外は日照雨(そばえ)が通り過ぎフロントガラスを濡らしてゆきぬ
言葉より布より重き塊に触れしと思う大宜味村喜如嘉にて
カーラジオ短く予報を伝えたり今年の夏は水不足とぞ
*
物言わず織り継ぎ母は娘へと「眠りが夢をもたらすように」
織女星あおげばふっと思われて物を語れるはじめのはじめ
喜屋武岬
南へとハンドル切って喜屋武(きやん)岬ほそき一本の道尽きるまで
絡みあう屈曲の幹に繁りおりアダンの暗き緑の色は
巨きなる岩の上にて竿を振り人動く見ゆ 海を見下ろす
釣り糸は光り虚しく投げられぬ水平線までまったき青さ
無理をしてわかろうとするのは不自然で積乱雲のような観念
しばらくは黙っていたい透明な時間に海は輝いている
ここに立ちいし人の姿がふっと消え 何を歴史というのだろうか
岬にはいつでも風が吹いていて人が黙って海を見ている