風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

ハリー・ポッターシリーズ


9歳から108歳までのファンタジーとしてハリー・ポッター」シリーズが出た時、ちょうど9歳だった娘は自分でシリーズを読み始めた。娘に読み聞かせをするのでなければ、エンターテイメント系のぶ厚い本を読んでいる暇はないと思っていた私は映画だけを見続けていたが、5作目のハリー・ポッターと不死鳥の騎士団を見た後続きが気になり、6巻目のハリー・ポッターと謎のプリンスから読み始めた。

映画の『ハリー・ポッターと謎のプリンス』の中には、原作にない(ハリーの母の)リリーにまつわる美しい逸話が挿入されているので、6作目だけはDVDも買って持っている。

映画にも原作にもそれぞれの良さがあると思うが、全編を通して私が感じたのは、この本を子どもだけに読ませておくのはもったいないということだった。むしろ「死」というものを身近に見据えた壮年期の人間が読むためにとても良いと思える結末であったと思う。
死から逃れ永遠に生きるための「死の秘宝」、この「秘宝」をいかに手に入れるかということは、古来からの物語の一つのテーマなのではないだろうか。自分の命を永遠に保持しようとして分霊箱を作るヴォルデモートと、他者を守るために命を賭す者。

アラン・B・チネン著『大人のための心理童話(上)』(早川書房の中では、利己的な生き方を超越し(子どもや社会のため等)未来のために生きようとする時、人は死の恐怖を和らげられると書かれてある。

聖書も、「自分の命を救おうとするものは、それを失い、それを失うものは、保つのである」(ルカによる福音書17:33)「人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」(ヨハネによる福音書15:13)「愛さない者は、死のうちにとどまっている」(ヨハネの第一の手紙3:14)と告げている。

命を賭けて他者を愛そうとする者の姿を通して、永遠の命を生きるためにはどう生きれば良いかを描いた物語ーハリー・ポッター」シリーズは、中年から老年に向けての生のあり方を描いた素晴らしい人生指南書だと私は思うのだった。

愛は死のように強く 熱情は陰府(よみ)のように酷い。(雅歌8:6)
どうやら、死に対抗できるのは愛だけのようだ。

最後に、ダンブルドアの言葉を引用して終わることにしよう。
死者を哀れむではない、ハリー。生きている者を哀れむのじゃ。とくに愛なくして生きている者たちを。
(『ハリー・ポッターと死の秘宝(下)』J・K・ローリング=作(静山社)より引用)