お料理のレシピの付いた物語が好きだ。
帯に、「各章にペルシア料理のレシピ付き」と書いてある。
『柘榴のスープ』マーシャ・メヘラーン作(白水社)
物事をしっかり考えて見通しを立てるには、熱々のミネストローネをたっぷり食べることが一番、とエステルは思った。キッチンテーブルのところにすわり、にんじんを薄切りにしている。一晩中バハールを探していたために風邪を引き、二階で横になっているマルジャーンに飲ませようとスープをつくってやっていたのだ。
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歯ごたえのある野菜がたくさん入ったスープをつくりおえるとすぐに、未亡人は関節炎を患う指でバランスを取りながら器を持ち、階段を昇っていった。
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「さあ、ミネストローネよ。起きなくていいから」エステルはマルジャーンの方にかがみ、小さなスプーンでスープをすくい、開けた口に愛情をこめて与えた。
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触れられていると、マルジャーンは母の抱擁を思い出した。シーリーン・アミーンプールは、シェヘラザードの素晴らしい物語とこの妃が語った勇気ある話を聞かせて、娘たちを寝かしつけたものだった。
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マルジャーンは、互いの立場が逆転したことに驚いていた。ほんの2,3か月前には、気絶したエステルをベッドに入れてやったのはわたしだったのに。
「休みなさい。もう悲しんじゃだめ、いい?」
マルジャーンは熱で頰をほてらせながら、疲れたようにうなずいた。
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エステルがつくってくれた元気の出るミネストローネを飲んでまだ一日しか経っていなかったが、この栄養たっぷりのスープを五杯飲んでからは、脚が震えることもなく階段を昇り降りできるようになった。
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こくのあるクルミでザクロの味のバランスを取るフェセンジューンとちがい、ザクロのスープはその果実のみで生命を吹き込む。しっかり煮込まれちらちらと光る深い紅色になったザクロの汁は、スープに甘酸っぱい味を与え、通常はメインの食事よりも前菜として喜ばれる。マルジャーンの意見では、「冷」(サルド)と「温」(ギャルム)のバランスがこれほど完璧な料理はほかになく、「冷」のザクロとコリアンダー、「温」のラムとグリーンピースが釣り合っている。たったいまバハールにこのにおいが届いたなら。・・。
マルジャーンは甘美なザクロの波をかき混ぜながら、繊細な妹のことを思った。わたしはできる限りのことをしてバハールを助けてあげたかしら?・・・・。
それとも、エステル・デルモニコの意見が正しくて、わたしはいまだに妹たちに対して母親の役を演じているのかしら?
エステルの忠告は正しかったのかもしれない。わたしがコントロールできないこともあるのだ。わたしがかき混ぜず、手を貸さずに、自然の成り行きにまかせ、燃えては冷えるにまかせておくべきこともあるのだ。なにもかもわたし次第ではないのかもしれないのだから。
マルジャーンは無言でうなずき、歓迎すべき敗北を認めた。そうすることが必要なのだ。バハールとレイラーは、わたしがいつもかたわらにいなくても、自分の道を見つけなくてはならない。もうそれをやってあげることはできないのだから。三人以上に大きななにかを信頼するようにならなければいけない。最後にはすべてうまくおさまるのだと信じなくてはならない。
熱い鍋にふたを戻すと、マルジャーンはガスレンジから離れ、息を吐いた。
バハールはだいじょうぶ。
レイラーはだいじょうぶ。
わたしもだいじょうぶ。
(『柘榴のスープ』より引用)
英語の「recipe」は、「処方箋」から派生した言葉らしい。