葛原妙子の短歌とキリスト教
寒き日の溝の邊(へり)歩み泣ける子よ素足のキリストなどはゐざるなり 「飛行」 今回とりあげる葛原妙子の短歌はこれだ。しかし、この短歌をもって妙子が信仰を持たなかったと即断するのはどうだろうか。「キリストなどはいない」と断定してはいるのだが・…
市に嘆くキリストなれば箒なす大き素足に禱りたまへり 「鷹の井戸」この短歌を一読すれば、ある人はすぐさま、「イエスの宮清め」といわれる聖書の記事を思い浮かべるだろう。イエスは宮に入り、宮の庭で売り買いしていた人々を追い出しはじめ、両替人の台や…
宙空(ちゅうくう)の虹はキリスト 枝先に黙(もだ)してかかる木の葉の如きこの歌は、葛原妙子の次の短歌を本歌として作ったものだ。 十字架に頭(かしら)垂れたるキリストは鄢き木の葉のごとく掛かりぬ 『縄文』 葛原妙子という人は、死の数ヶ月前にカト…
藭殿の稲妻ならねラジウムのアルファ・ベーター・ガンマー放射線(レイ) 「鷹の井戸」 葛原妙子のこの短歌の「ね」は、断定の助動詞「なり」の未然形についた打ち消しの助動詞「ず」の已然形だろうから、この後には「ども」か「ば」が省略されている。けれ…