国や福島県では、暫定基準値を超えていないか調べるため、事前に一集落につき一〜二ヵ所からサンプルをとって検査した。しかし、伊藤が率いるジェイラップでは、三四一ヵ所の田んぼ一枚ごとに五ヵ所からサンプリングして検査をしている。汚染米が発見されたときにその田んぼを特定できるようにするためであると同時に、土壌や環境条件が、セシウムの移行にどう影響しているかを調べるためである。おそらくこんな面倒なことをやっているのは、日本でもここだけだろう。
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「山のそばの田んぼはどこもみんな線量が高かったんです。台風で大雨が降って、セシウムが流れ込んだのかなと思っていました。ここも条件は同じだったので、線量が高くて駄目かもと覚悟していたんですが、意外にも玄米から出なかったんですよ」
直弘は「不思議でしょ」と肩をすくめて言った。
煙草に火をつける。カエルや昆虫がいてもおかしくない時期なのに、それらしき影も見当たらない。うす気味悪いほど静かだった。
「これまでイネミズゾウムシ(稲の害虫)対策で四苦八苦していましたが、今から考えたら、あんなものはどうってことないっすよね。だってイネミズゾウムシは見えるんですから。放射能は見えないからピンとこないんですよ」
直弘は小さくため息をついた。見えないことが、人間を過敏にしたり、あるいは鈍感にしているらしい。
(奥野修司=著『放射能に抗うー福島の農業再生に懸ける男たち』(講談社)より引用)
『放射能に抗うー福島の農業再生に懸ける男たち』奥野修司=著(講談社文庫)Part1
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http://d.hatena.ne.jp/myrtus77/20130425/p1
見えざるもの交じりて在りや薫風に