神は、人の生きる場としてエデンの園を造られました。エデンという言葉は、ヘブライ語で楽しみという意味を持っています。すべてのものを祝福をもって造られ、造ったものを見て「良かった」と言われる神は、生きることが楽しみである場所を整えて、人をそこに置かれました。
川のことが描かれていますが、神の民イスラエルが生きた乾燥した地方では、川は命を支える恵みの象徴でした。ヨセフスという人が書いた『ユダヤ人古代史』によれば、ピションはガンジス川、ギホンはナイル川を指すと言われています。そしてチグリス川とユーフラテス川。つまり、古代の世界を支えた4つの大河はエデンの園に起源を持ち、生きることが楽しみであるようにという神の祝福に起源を持っていることを表しているのです。
「おばあちゃん」
まいは低い声で呼びかけた。
「なあに」
おばあちゃんも低い声で返事をした。
「人は死んだらどうなるの」
それを聞いて、おばあちゃんは声にならない唸り声のようなものを出した。それからため息と共に、
「分かりません。実を言うと、死んだことがないので」
まいは張りつめていた緊張が、変な緩み方をしたように思った。
(略)
「パパは何て言っていました?」
まいはまた黙り込んだ。ややあって、口を開こうとしたが、胸が詰まり、どうしても涙声になるのだった。
「パパは、死んだら、もう最後の最後なんだって言った。もう何もわからなくなって自分というものもなくなるんだって言った。もうなんにもなくなるんだって言った。
(略)
まいはしばらく考えたが、やはりよく分からなかった。
「じゃあ、こうやって、考えたり、うれしかったり悲しかったりするわたしの意識はどうなるの。わたしはそれが消えてなくなるのがいちばん怖いの」(梨木香歩=作「西の魔女が死んだ」)
ここを読んだ時、衝撃を受けた。
子どもの頃、こんな風に考えたりして生きている私もいつかいなくなるのだ。長い歴史の中のほんの短い時間を生きて消えてしまうのだと考えては恐怖していた。そんな思いが言い表されていたからだ。
これは梨木氏が感じてこられた思いなのだ、と思った。
まいはしばらく考え込んだ。
「それじゃあ、身体を持っていることって、あんまりいいことないみたい。何だか、苦しむために身体ってあるみたい」
(略)
「それに、身体があると楽しいこともいっぱいありますよ。まいはこのラベンダーと陽の光の匂いのするシーツにくるまったとき、幸せだとは思いませんか? 寒い冬のさなかの日だまりでひなたぼっこしたり、暑い夏に木陰で涼しい風を感じるときに幸せだと思いませんか?(「西の魔女が死んだ」)
罪に堕ちて苦しみながら生きる私たちが、「生きることが楽しみである場所」へと帰ったような感覚になる瞬間だと思えた。
2:15 で、神は「人を連れて来てエデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされ」ました。耕すという言葉は、仕えると訳すことのできる言葉です。神は人に、神が造られた世界に仕え守るように務めを与えられました。
そして、主なる神は言われます。「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」つまり、世界に仕え世界を守る務めを果たすのには独りではふさわしくないということです。独りでいるとは、周囲との関わりがなく、孤独であることを示しています。
(略)
神が造られた世界に仕え、世界を守る務めは、神の愛に満たされて、人が愛することにおいて果たされていくのです。(https://myrtus77.hatenablog.com/entry/2025/03/09/142718)