風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

園においてーヨハネによる福音書18〜19章

へびは女に言った、「にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。女はへびに言った、「わたしたちはの木の実を食べることは許されていますが、ただの中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。・・。女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。(創世記3:1~3、6)
彼らは、日の涼しい風の吹くころ、の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、の木の間に身を隠した。(創世記3:8)

エスはこれらのことを語り終えて、弟子たちと一緒にケデロンの谷の向こうへ行かれた。そこにはがあって、イエスは弟子たちと一緒にその中にはいられた。(18:1)
しかしイエスは、自分の身に起ろうとすることをことごとく承知しておられ、進み出て彼らに言われた、「だれを捜しているのか」。(18:4)
すると、イエスはペテロに言われた、「剣をさやに納めなさい。父がわたしに下さった杯は、飲むべきではないか」。(18:11)
大祭司の僕のひとりで、ペテロに耳を切りおとされた人の親族の者が言った、「あなたがであの人と一緒にいるのを、わたしは見たではないか」。(18:26)
エスはみずから十字架を背負って、されこうべ(ヘブル語ではゴルゴタ)という場所に出て行かれた。(19:17)
エスが十字架にかけられた所には、一つのがあり、そこにはまだだれも葬られたことのない新しい墓があった。(19:41)

エスは女に言われた、「女よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」。マリヤは、その人がの番人だと思って言った、「もしあなたが、あのかたを移したのでしたら、どこへ置いたのか、どうぞ、おっしゃって下さい。わたしがそのかたを引き取ります」。(20:15)

以下は、ツイートとリンク