風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

『放射能に抗うー福島の農業再生に懸ける男たち』奥野修司=著(講談社文庫)Part3

以下、奥野修司=著『放射能に抗うー福島の農業再生に懸ける男たち』(講談社文庫)より抜粋引用

移行率ゼロの田んぼ
「玄米・土壌汚染マップ」をよく見ると、土壌中のセシウムは他の田んぼと大きく変わらないのに、玄米からは検出されなかった(厳密には1ベクレル以下)ところが何カ所かある。つまりセシウムの移行率が限りなくゼロに近い田んぼである。
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 これまでの実験からわかったのは、セシウムの玄米への移行を抑制するのは「ゼオライト」と「カリウム」だが、そのほかにもわかってきたことがいくつかある。
 それは、肥沃な田んぼほど、セシウムの移行率が低いということである。
 土壌の肥沃度は、養分を蓄えておける数値、つまり土の塩基置換容量であらわされる。ゼオライトの説明(38ページ)でもふれたように、塩基置換容量が高ければ、その分、セシウムを固定化する。「福島の土壌がゼオライトをたくさん含む粘土質だった」という偶然と、農家が長い時間をかけて土地を肥沃にしてきたことに助けられたのである。伊藤は言う。
チェルノブイリのデータと比較すると、日本の移行率が低かったのは、日本の土壌は放射性物質を捕まえる性質が強かったからということです。

ホットパーティクル問題
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「田んぼは農水省、校庭は文科省の管轄だからです。表土1センチだけを測ったらものすごく高いです」
「でも、表土の1センチにほとんどのセシウムがあるなら、その数値を出さないと正確にはわからないんじゃないですか」
「そうです。地表の土が風などで運ばれるホットパーティクル(放射能を帯びた粒子)を測った値は、文科省農水省も同じなんです。だから、正確に測るなら、1キログラムあたり何ベクレルかではなく、チェルノブイリのように1平方メートルあたり何ベクレルかを調べるべきなのです。今、それをやるとえらいことになるからやれないんです」
 チェルノブイリでは原発事故後、55万5000ベクレル/?以上汚染された地域を「移住義務ゾーン」に指定したが、これを日本にあてはめると、飯舘村浪江町から福島市の一部までかなりの広範囲が住めない地域になるといわれる。日本では田んぼの表面1センチに1万3000ベクレルのセシウムが堆積していても、15センチの深さまでとってまぜるから、1000ベクレルほどになるのだろう。空気中を飛んでいるホコリの線量が、本当の線量だともいえる。
「1万5000ベクレルものホコリを吸ったら、子供は内部被曝するんじゃないですか」
「そうです。セシウムの生物学的半減期は成人で70~120日、子供で20日ほどですから、経口摂取したものはそのくらいで外に出ていきます。ところが、空中のセシウムが肺に入った場合、どうなるかわからないのです。子供の内部被曝を考えたら、ホットパーティクル対策を早急にやるべきなんです」
「校庭の表土を削って、片隅に積み上げてブルーシートをかけているのをよく見ますが、あれってまずいですよね」
「まずいです。穴を掘って埋めるべきです。30センチ深く掘れば、10センチの鉛板と同じ遮蔽効果があるといわれています。1メートルも掘ったら汚染されていない土が出てくるのですから、穴の下に汚染土を仮置きし、その上30センチを、汚染されていない土を遮蔽体にして埋めればいいんです。地元の学校もうちの社員の庭もみなやりました」
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年間に0・00144ミリシーベルトは高いか
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 実際、ジェイラップの米を扱っている「カタログハウス」でも、2011年12月からセシウムを測定していて、同じように計算すると年間内部被曝線量は0・00129ミリシーベルトだった。国際放射線防護委員会が自然放射線と医療被曝を除く空間放射線量の安全基準として定めた年間被曝線量が1ミリシーベルトだから、ジェイラップの米は1000分の1・29ミリシーベルトということだ。伊藤は言う。
「うちの米は年間1000分の1ミリシーベルトだから子供にも食わしているよ、と自信をもって言えることが、消費者にいちばん説得力があるんです」 ちなみに、風評被害を大きくしたのは、それまで370ベクレルだった基準値を、原発事故後、国が500ベクレルに上げたことだといわれている。拙速それも、とりかえしのつかない拙速である。その理由を、伊藤はこう言った。
「同じ商品力なら、セシウムが1と0であれば、やっぱり0を選びますよね。安全基準なんて、消費者にとってはフィクションなんです。初動で500ベクレルという高すぎる安全基準を作ったために、私のところに届いたお米は499ベクレルあるかもしれないと疑念をもつわけです。消費者の心理を考えたら、逆に低くしなくてはいけなかったんです。うちはすぐに世界一厳しいといわれるウクライナ基準(主食のパンで20ベクレル)を設定しました。あのときは何が起こるかわからなかったから、国は極端に下げたらとんでもない補償額になると考えたんでしょうね」
 2011年度の暫定基準値は500ベクレルだが、2012年度からは100ベクレルとなった。しかし、消費者は同じように「この米は99ベクレルかもしれない」と思うだろう。100ベクレルは、消費者の安全感覚から大きくずれていることに、国も県も気づいていないのである。
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常日頃が大事 福島県では風評被害を打ち消そうと、全袋検査することを義務付けた。するとジェイラップのように約3ベクレルの玄米でも、一般米として売られる場合は「100ベクレル未満」になるのである。
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「対策もなしに、もしスルーして高い線量の米が出たら、また福島が風評被害にあいますよ。それよりも、危ないところには作らせないことです。しかし、全袋検査は田んぼを特定できないから無理です。危険個所を特定して、次の対策をとるためには、田んぼ一枚ごとにサンプリング検査するしかないんです」
 ジェイラップには「稲田稲作研究会」という「うまい米作り」を研究しているグループがある。昨年の六月に第3種放射線取扱主任者の資格を取得して、ジェイラップの放射能検査すべてに目配りをしている小林章によれば、・・。
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 実は、セシウム対策にこうしたデータが有効なことは農協も理解しているという。
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 では、なぜジェイラップではできるのか。
放射能が降ったからやったのではなく、常日頃からずっとやってきたからです。坪刈りして田んぼ一枚ごとにデータをとるのも、品質管理のために二十年来やってきたことなんです。そこへガンマー線の測定器にかける作業が増えただけで、特別なことはしていません。常日頃から訓練できてない人が、・・。・・、有事のときは常日頃が出るんです」

奥野修司=著『放射能に抗うー福島の農業再生に懸ける男たち』(講談社文庫)より抜粋引用)
放射能に抗うー福島の農業再生に懸ける男たち』奥野修司=著(講談社文庫)Part2
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http://d.hatena.ne.jp/myrtus77/20130508/p1