風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

黙(もだ)深く


黙深く火に向く人の影の濃き


ゲド戦記の『影との戦い』の中の、オジオンの出てくる場面が好きだ。

冬の間にあったことといえば、雨が降り、雪が降ったこと。そしてしたことといえば、神聖文字の分厚い本のページをめくりつづけたことだけだった。一方オジオンはといえば、凍てつく森の逍遥や山羊の世話からもどってくると、長靴の雪をはらい落として、そのまま黙って火のそばに腰をおろした。すると、この魔法使いの長い、問いかけるような沈黙は部屋にひろがり、ゲドの心を満たし、そうこうするうち少年は、ことばというものがどんなだったかということさえ忘れてしまったような気になって、やがてオジオンがその沈黙を破って話しだす時には、まるで、今初めて彼によってことばが生みだされたかのような錯覚にとらわれるのだった。
             ・
彼は暖炉の傍らに立てかけてあるカシの木の杖に目をやった。暗闇から邪なるものを追い払った、あの燦然とした炎の輝きが鮮やかに脳裏によみがえってきた。彼はこのまま、オジオンのもとにとどまりたいと思った。オジオンについて、いつまでも、どこまでも森を逍遥し、いかにしたら寡黙でいられるかを学びたいと思った。
             ・
             ・
 ゲドはかたずをのんで、オジオンの口もとに見入った。ついに、その口が開いた。
 「向きなおるのじゃ。」
             ・
             ・
だが、ゲドは、そんな時にも、ふっと、「聞こうというなら、黙っていなくてはな・・。」とつぶやいて急に口をつぐんでしまうことがよくあった。それは何年か前のある秋の日、オジオンがゴント山で言ってくれたことばだった。
             ・
ゲドは勝ちも負けもしなかった。自分の死の影に自分の名を付し、己を全きものとしたのである。すべてをひっくるめて、自分自身の本当の姿を知る者は自分以外のどんな力にも利用されたり支配されたりすることはない。
             ・
「ことばは沈黙に、光は闇に、生は死の中にこそあるものなれ。」『影との戦い ゲド戦記1』ル=グウィン作(岩波書店)より