風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

愛と選びについて(米津玄師の歌から考えた)

瞬く間に落っこちた 淡い靄の中で

君じゃなきゃいけないと ただ強く思うだけ(「まちがいさがし」より)

 

 

これが愛じゃなければなんと呼ぶのか
僕は知らなかった
呼べよ 恐れるままに花の名前を
君じゃなきゃ駄目だと(「馬と鹿」より)

 

 

触れていたい 揺れていたい 君じゃないといけない この惑い

今だんだん恋になっていく ときめいていく
思いがけぬ とんだランデブー

(略)

触れていたい 揺れていたい 君じゃないといけない この惑い

今だんだん愛になっていく 騒めいていく
鉢合わせの とんだランデブー(「PLACEBO野田洋次郎」より)

 

「愛する」という場合には「選び」が伴うのだと思う。

それは、米津玄師の歌の歌詞に頻繁に出てくるように、「君じゃないといけない」ということだからだ。

それは、取り替え不可能ということであり、掛け替えのない相手ということだからだ。

 

この人が駄目でもこっちがあるというのとは違う。

自分を好きになってくれる人を選ぶというのとも違っている。

何人もの人を並べて「どれにしようかな?」と選ぶのとも違うのだ。

そしてこの人とも、この人とも、というのとは大きく違っている。

 

しかし、神様だけは、この人とも、この人とも共に生きていきたい、共に生きていこうとなさる(笑)。そしてそれがお出来になる(笑)。

 

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myrtus77.hatenablog.com 

myrtus77.hatenablog.com

 

 

 

 

 

私の春の歌

 

裏木戸に祖母の呼び声   春夕べ

 

youtu.be

「夕暮れ迫る街並み辿れば 遠くで呼ぶ声 誰かの帰りを待って」Wakana『金木犀ー 祖母を思い出して、泣ける。

 

 

 

 

あの人が歌っているよあの人が歌ってるとき淋しきとき

歌ってる声をわたしは聞いている 君と分かてり春の孤独を

 

 

多くの無理解に苦しんできた。理解されないことに悲しんでいた。それを知りながらどうにもしてやれなかった。

 

 

 この共感という感覚は、共に生きるために与えられた恵みです。わたしたちにとって、自分の気持ちが理解してもらえない、分かってもらえないというのはとても辛いことの1つです。罪によって、一人ひとりの善悪が異なってしまったことにより、分かり合える、理解し合えることが傷つけられてしまいました。

https://fruktoj-jahurto.hatenablog.com/entry/2020/11/22/210758

 

 

 ここには人間にとって最も辛いことが、凝縮されているかのようです。理解されない、拒絶される、捨てられる、あざけられる、あなどられる。肉体的な痛みと精神的な苦しみのすべてがイエスの十字架に注がれました。

https://fruktoj-jahurto.hatenablog.com/entry/2020/04/05/182045

 

 

 

 

 

 

 

スノーポピー(白雪罌粟)が・・

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スノーポピーが、

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今年も庭の隅に咲き始めた。

 

こちらは、

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チューリップの花びらの上に顎を乗せるようにして・・。

日曜の玄関に飾ったのをそのまま放っておいたら、

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チューリップは開ききって何だか収拾のつかない状態に・・。

 

以下は、昨年のチューリップ。

meromeropy77.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

イースターの花を・・

今日は、イースターのお花を執事さんに飾って頂いた。

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とても素敵!