風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

永山則夫とボンヘッファーと夏目漱石

永山則夫は獄中結婚した妻や支援者に支えられて生きようとしたと思うが、死刑判決が確定した後は、この人たちから離れたと思われる。人の愛は生きようとさせることは出来るが死へと向かわせることは出来ないのだ、と私は思う。

しかし神の愛は、絶望からではなく、死へと向かわせることが出来るということを、ボンヘッファーの最期から思わされる。

 

ここで私は、夏目漱石について書かないわけにはいかない。漱石の作品をほとんど読んだことがないにもかかわらず、だ。

 

以前、ウィキペディア夏目漱石について読んだ時、以下の部分が私の心を摑んだ。

最期の言葉は、寝間着の胸をはだけながら叫んだ「ここに水をかけてくれ、死ぬと困るから」であったという。だが、四女・愛子が泣き出してそれを妻である鏡子が注意したときに漱石がなだめて「いいよいいよ、もう泣いてもいいんだよ」と言ったことが、最期の言葉ともされる[注 6]。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%8F%E7%9B%AE%E6%BC%B1%E7%9F%B3#cite_note-25

 

ここに記されたことが本当なら、漱石は、娘の涙に人(肉親)への信頼を初めて感じ取ることが出来たのではないかと思わされる。

それ故に死ぬことが出来たのだ、と。

 

ここの[注6]に記されている『父・漱石とその周辺』(夏目伸六からの、一匙の葡萄酒を与えられ、「うまい」と言って、永遠の眠りについたという記述もキリスト教徒の私にとっては大変に興味深い内容である。

 

また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。(マタイによる福音書26:27)

食事を終えてから、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。(ルカによる福音書22:20)

 

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こんな時期まで、一つだけ庭に咲き残っていた杜鵑草を・・。