・・・・・ふいに彼は、すばやく身をかがめると、床の上につっ伏して、彼女の足に接吻した。ソーニャはぎょっとして、相手が狂人ででもあるかのように、思わず身をひいた。事実、彼は正真正銘の狂人に見えた。
「どうなさったんです。どうしてこんなことを? わたしなんかに!」彼女は色青ざめてつぶやいた。と、ふいに心臓が痛いほどしめつけられた。
彼はすぐさま起きあがった。
「ぼくはきみにひざまずいたんじゃない。人類のすべての苦悩の前にひざまずいたんだ」なぜか荒々しくこう口にすると、彼は窓ぎわに去った。(岩波文庫『罪と罰 中』p274~275)
この場面は、274ページで、「でも、もしかすると、その神さまもぜんぜんいないのかもしれない」とラスコーリニコフがソーニャに言ったすぐ後である。
この場面では、ラスコーリニコフはひざまずいた後に言い訳(何に向かってひざまずいたのか理屈で説明)をしている。
つまりこの場面ではラスコーリニコフの行為は意志的、意識的な行為であった、ということが言える。
しかしエピローグの最後では、そうではない。
彼はちらりとすばやく彼女を見やると、ひとことも言わず、目を伏せて地面を見つめた、(略)
どうしてそうなったのか、彼は自分でも知らなかった。ただ、ふいに何かが彼をつかんで、彼女の足もとに身を投げさせた。彼は泣きながら、彼女の両膝を抱えた。(岩波文庫『罪と罰 下』p400~401)