風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

葛原妙子55

美しき球の透視をゆめむべくあぢさゐの花あまた咲きたり『原牛』

この短歌について、歌人松村由利子さんが制約のある短い文章に纏められたものを拝見して、触発され、その続きを書きたいと思った。


http://www.sunagoya.com/tanka/?p=13394(『一首鑑賞 日々のクオリア』から)
松村さんは、この時期の葛原妙子にとって「『うつくしき』は、『全き』と同義だったように思う。」と書いておられる。そして、「また、葛原には『球』に対する大きな関心と不安があった。」と続けておられる。これらの指摘は鋭いと思う。
「葛原妙子27」「葛原妙子28」で私は、妙子は「(破れて)落ちる不安を原不安として抱えていたのではないか」ということを追究したのであるが、松村さんのこの指摘はここに繫がるように思われる。「『球』に対する大きな関心と不安」とは、すなわち「『全き』ものへの関心」であり、その「全きものが崩れ去ることへの不安」である、と私は考える。

「美しき球の透視をゆめむ」「ゆめむ」は「夢見む」を短縮したものであろうか?「む」は「意志・希望」を表す助動詞だろう。「ゆめむべく」の「べく」も又、意志や決意、義務などを表す助動詞であり、「咲きたり」にかかる連用形であると思う。このように見てくると、この歌には並々ならぬ強い決意や願望の表れが感じられる。
この歌を訳すとするなら、どうなるだろうか。「美しい球の透視を夢見ようとして紫陽花の花が沢山咲いた?咲いている」。松村さんはこの光景を、「なんだか入れ子構造のようで、くらくらさせられる。」と書いておられるが、その一番外側で、妙子自身が「美しき球の透視」を夢見ようとしていたのではないだろうか。

訂正の追記
どうやら私は解釈を間違っていたようだ。
「べく」を、意志・決意として用いる場合は「常に終止形で用い」ると記されている。これは「咲きたり」にかかる連用形だから、意志・決意の「べし」ではなく、強い勧誘を表す「べく」だろうか。そうすると、「美しい球の透視を夢見ようとすることを誘うように紫陽花の花が沢山咲いた、咲いている」となるだろうか。いずれにしても、妙子の心が、「美しい球」=「全きもの」を強く希求していたということに変わりはないとは思われるが・・。
(こんな風に訂正を入れる私自身も根っからの完璧主義、「全きもの」を追求する者である。けれど、完璧を人に求めれば、滅びに至る。)

梅雨も終わり頃になると紫陽花の花も重く項垂れてくるように見える。第八歌集『鷹の井戸』にはそのような紫陽花が描写されている。

ひかりなきおのれ物蔭にながめゐつ紫陽花のしづく照りて垂るるを『鷹の井戸』
管塞る植物として萎えにける紫蘇色あぢさゐの大玉
紫陽花屋敷叢屋敷ときまれにおほきなるかなものおとひびく
水鉢に充てる紫陽花雨花に滴々とわれはしづくを垂らす
変身すみやかならず一花は緩慢にいろ移るあぢさゐ

草刈らぬ庭に埋もれていめのごと螢のごとく咲けるあぢさゐ
思い描いていたような「全き」ものはこの世には存在しないのだということを知っていった先に、尚、「夢のごとく、螢のごとく」あじさいは咲いているのである。
愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。なぜなら、わたしたちの知るところは一部分であり、預言するところも一部分にすぎない。全きものが来る時には、部分的なものはすたれる。
わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう。このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。(コリント人への第一の手紙13:8~10、12、13)