風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」芳賀言太郎のエッセイ第10回


● かえるために New Year's resolution 

● パリのデモと東京のデモ:★0109 再稼働反対!首相官邸前抗議!
 

「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」第10話 星降る町〜エステーリャ〜
 12月25日が過ぎると、街は一夜にしてモードが切り替わる。(中略)キリスト教の暦ではクリスマスは25日では終わらない。東の国から来た博士たちが幼な子イエスに「黄金、乳香、没薬などを献げた」ことを記念し、教会では1月6日をキリストの栄光が世界中の人に「顕された」ことを「顕現節」(エピファニー)として祝う。教会のクリスマスはこの日まで続くのである。年明けの教会にクリスマスの飾りがつけられたままでも、それはむしろ正しいクリスマスの祝い方なのである。
(中略)
 シラウキの町を過ぎ、なだらかな丘を下ると、そこにはローマ時代の橋と石畳の街道が今もそのまま残されている。サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼が始まる以前から、ここを歩いていった無数の人々のことを思う。
(写真)現代の水道橋 千年後にも残っているだろうか。(写真はリンク先で直接ご覧ください)
(中略)
 Estella(エステーリャ)、カスティーリャ語で「星」を意味するこの町は、11世紀後半の星降る夜に、その星の光に導かれた羊飼いが聖母マリア像を発見し、その地に建設されたのが始まりであると言われている。東から来た博士たちをユダヤベツレヘムに導いたのも星であったが、聖ヤコブの墓を発見した羊飼いを導いた星といい、巡礼路には星にまつわる伝説が数多く残っている。
(中略)
 サン・ペドロ・デ・ラ・ルア教会のロマネスクの空間に身を置くと、先のサン・ミゲール教会のゴシックの空間にいた時よりも無意識のうちに体の重心が低くなっているように感じる。天を見上げるのではなく、自分の中を見つめるイメージである。それはつまり、ロマネスク時代の人々は自分の心の中に神を感じ、その後のゴシック時代を生きた人々は天に神を求めたということではないだろうかとふと思った。(抜粋引用)

コラム「僕の愛用品」の10回目は、ノート MOLESKINE モレスキン ルールドノートブック 1,890円
 ゴッホピカソヘミングウェイ、名だたる人物が愛した伝説のノート、それが『モレスキン』である。
(中略)
 ・・。チャトウィンは、オーストラリアの旅をまとめた遺作『ソングライン』の中でこのノートを取り上げ「モレスキン」と呼んだ。
 生産が終了し、長らく入手不可能であったが、1997年にミラノにある出版社が復刻し、モレスキンを甦らせた。アーティストたちの心を捉えて離さなかったモレスキンは現在でも世界中の人々を魅了している。
(中略)
 モレスキンは私の巡礼旅の相棒である。・・。道具とは買った日が最高でなく、共に過ごした時間やモノに込めた思いとともに、その人自身の断片を表すものであると思う。共に旅した私の「モレスキン」は唯一無二であり、池袋のデパートにある文房具コーナーで買ったこのモレスキンはカミーノを通して私にとっての最高の道具となった。今は部屋の本棚に並んでおり、このエッセイを書くときに手に取るのである。(抜粋引用)