風と、光と・・・

すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。(ヨハネによる福音書1:9)

俳句と短歌と聖書と私

米津玄師の『カムパネルラ』と、私の「青き天鵞絨」

天の川に列車走らせどこまでも君を乗せゆく青き天鵞絨 ふり向かば黒くびろうど広ごるを恐れゐて我、列車走らす 「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねぇ」ジョバンニが斯う云いながらふりかえって見ましたらそのいままでカムパネルラの座っていた席にもうカ…

「わたしは、かわく」と言われた。(ヨハネ福音書19:28)

音立てて命息づく 切られし樹木「かわく!」といふこと そののち、イエスは今や万事が終ったことを知って、「わたしは、かわく」と言われた。(ヨハネ福音書19:28) 朴の木も橅も虛空にそばだつを夜陰の樹間いなびかりせり 葛原妙子『をがたま』 凭(よ)り…

『聴く』4月号

讃美歌272番は、讃美歌練習で○○長老が取り上げられて初めて歌った讃美歌です。

削りて碧く

三月 いづこよりきたるかなしみ岩肌を削りて碧く河を染めゆく あるいは花緑青色(酢酸銅と亜砒酸銅の複塩で、有毒) コバルトが地に多からば人間の血も碧くなりたらむと云ふ 眠れるもの地表に出づる戸惑ひのいづれの日にかあらはとなりぬ 果無しの山見ゆるま…

〈 聖書を読む 〉創世記3:8~9(新共同訳)

「説教から御言葉に聴く」ということと自ら聖書を読んで「聖書から御言葉に聴く」ということとは、一対としてキリスト教徒にとっては切り離せない大事な一つのことであると思う。 以下は、娘が聖書の御言葉から聴いたもの。 〈 聖書を読む 〉創世記3章8〜…

死と隣り合ひ、となりあひつつ

葬儀にて 薔薇に水注ぎし人の涙見ゆ注ぎし分だけ涙は流る 「apprivoise-moi!」 わたくしは口が裂けても言わない女 掌に君の鼓動のせたる春の夢 掌(て)に鼓動のせたる春よ 季(とき)流れ手掌につかむ君の鼓動を 祝福は死と隣り合ひ新生も幸福もまたとなり…

イースター・エッグの中の春光

「見えるけど触れないのね」卵型とうめいケースの中の春光 今井恵子『渇水期』 イエスは彼女に「マリヤよ」と言われた。マリヤはふり返って、イエスにむかってヘブル語で「ラボニ」と言った。それは、先生という意味である。イエスは彼女に言われた、「わた…

まぶしくて、まぶしくて…

不可思議のことの象徴エジプトの王のこころを主がかたくなにビットコイン・人工知能・ブロックチェーン・わたしはだれ・ここはどここんな時代にススキの穂が、きらめいて まぶしくて、まぶしくて… 初冬の午後に車を走らせながら・・ 神はまた人の心に永遠を…

「今や、恵みの時、今こそ、救いの日」(コリントの信徒への手紙二6:2)

楽園を思はせ葡萄かをりをり 会堂に菊活けられて良き日かな 主はいたくわたしを懲らされたが、死にはわたされなかった。わたしのために義の門を開け、わたしはその内にはいって、主に感謝しよう。これは主の門である。正しい者はその内にはいるであろう。 家…

道行く人の顔に

ふと昏き翳り浮かべり真昼間の日傘もささず道行く人に 一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです。 しかし、アダムからモーセまでの間にも、アダムの違犯と同じような罪を犯さなかった人の上にさえ、死…

見ること、知ること、殺すこと、愛すること

もう一人の重い分裂病の患者さんは、ある日私のところへきて自分のベッドの位置を窓側に移して欲しいと切に願ってきました。その訳を聞きますと、自分の視線が他の人にとどくとその人を傷つけ殺してしまうからだというのです。そうなるのはいやだし、怖いか…

鶏(とり)哭く

《聖書の中の植物と香油3》没薬(ミルラ)について、再び没薬(ミルラ)について、パトリシア・デービス=著『アロマテラピー事典』には「“myrrh”という英語は、「苦い」を意味するアラビア語の“murr”に由来しています」と記されている。彼らはにがみをまぜ…

「この女はできる限りの事をしたのだ。」(マルコによる福音書14:8)

己が死の為の香油の壺割りし女ありとふイエスの時代マルコによる福音書の中で、ひとりの女がイエスの頭に香油を注ぎかけると、人びとは女を咎める。するとイエスは、「するままにさせておきなさい。なぜ女を困らせるのか。わたしによい事をしてくれたのだ。…

光溢るれ陰府(よみ)とは何処

聖書の中の植物と香油2ナルドイエスがベタニヤで、重い皮膚病の人シモンの家にいて、食卓についておられたとき、ひとりの女が、非常に高価で純粋なナルドの香油が入れてある石膏のつぼを持ってきて、それをこわし、香油をイエスの頭に注ぎかけた。(マルコ…

願ひ続くはあなたの救ひ

「主イエスを信じなさい。そうしたら、あなたもあなたの家族も救われます」(使徒行伝16:31) 長く教会の奏楽を勤めてこられた姉妹が亡くなった。 私が葬儀のために選んだ讃美歌は、二編157番。この讃美歌は元々アイルランド民謡で、ロンドンデリーの歌とし…

海辺のまちにも   

● 薔薇垣や路地に夫婦の町工場 『光声日記*徒然なるままに俳句にて日常を詠む*』 江戸期より勇魚(いさな)を捕りて糧とせる海辺のまちに憂ひは満ちて 飲食(おんじき)の煩ひに満つ古里の海辺のまちにも主は来たりたまふと イエスは海べにおられた。(マ…

歌ひながら嘆きながら

● 大型風車の音がうるさい 雪原をわたる大型風車の騒音が気になってきました。 西側の窓からすぐそこにそびえたつ風車。我が家から500mはなれているかどうか。 この騒音をあと何年がまんしなければならないのだろう。 20数年前に思い描いた 風車→オラ…

天色(そらいろ)あさがほ ー《ルカによる福音書17:20~23より》

「そちらへ行くな」そらいろあさがほ庭に咲く 見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。(マタイ福音書28:20) 神の国はいつ来るのかと、パリサイ人が尋ねたので、イエスは答えて言われた、「神の国は、見られるかたちで来るもので…

愛そうと思わなければ・・

そこに在ること ただあるのみにて燦然と小さき硝子の壺よ 葛原妙子『葡萄木立』 あんまり明るい秋の日が続いたので葛原妙子のこの歌を載せたくなった。 「愛」はいつも、無用なもののように思われがちだ。しかし・・。愛は死のように強く熱情は陰府のように…

「愛」とは・・ー『カラマーゾフの兄弟』から

神かつて園の真中に一本の木を植ゑ愛を完成したまふ中央に神が置きしは完璧な自由ともなふ愛の象徴否、禁断の果実は実は林檎でなくなくしてならない愛そのものか だから、取って食べるだなんてとんでもない話なのさ! だから、とうの昔に愛は消化され、いま…

禁断の果実はリンゴなんかじゃない!

● 創造からバベルまで・・・? 善悪の知識の木 哀しみの中に香れり過ぎし日のわが幸福の林檎の香り 桃が来て梨が届いて林檎で終わる エデンの果実は林檎にあらず 原子力取りて喰らふも自由なれど神は置きたり真中に果実を 聖書(みふみ)こそ取りて自由を謳歌…

「受肉」とは

生きるとは苦しむことです「受肉」とはそういうことです御子生まる母が入院して母の元へと行きながら子どもや夫のことが気になり、家に帰ると病院の母が気がかりで体が二つ欲しいと思っていた頃、キリストが肉体を持って人となってこの世に来られたというこ…

目から光をールカによる福音書11:33~35

朝起きて目から光を入れないと 起きよ光を放てと聞こゆ 朝起きて目から光を入れないと 闇に眠れる自らに言ふ 朝起きて目から光を入れないと とこしへの闇渇望しつつ 朝起きて目から光を入れないと 光の子らは生きてゆけない 朝起きて目から光を入れないと 光…

「ここにいる」ールカによる福音書11:29~32

● 2014/03/09ブリュッセルで行われた反原発マニフェスタシオン 「反原発、ノーモア・フクシマ」と記した横断幕持参です。(抜粋引用)ベルギーでも! 和歌山市でも、この日「原発いらない!」320人行進。 さて群衆が群がり集まったので、イエスは語り出され…

魚の門(ゼファニア書1:10)ー冬鴎

汚染水 魚の門鎖せと鳴けり冬鴎魚の門鎖せば寒魚群がれり その日が来れば、と主は言われる。魚の門からは、助けを求める声が ミシュネ地区からは、泣き叫ぶ声が もろもろの丘からは、大きな崩壊の音が起こる。(ゼファニア書1:10)関連過去記事 ↓ http://d.h…

菜の花

マタイ27:1~ 菜の花や暁に首伸ばしをり首つりの男の後を追うなよとあれほど言ったじゃないか菜の花

ゆるし

春の雨 赦しは神にありと云ふ「憐れみと赦しは主である神のもの」(ダニエル書9:9)「さあ、我々は主のもとに帰ろう。主は我々を引き裂かれたが、いやし 我々を打たれたが、傷を包んでくださる。二日の後、主は我々を生かし 三日目に、立ち上がらせてくだ…

萕(なづな)と蘩蔞(はこべ)

ヨハネ20:11~ 大好きな君はハコベのような人ナズナナズナぺんぺんナズナなづなの句よんでなぐさめらるる朝 蘩蔞(はこべ)=あさしらげ(「朝開け」の転訛) 萕(なずな)=ぺんぺん草[[[風邪が悪化して、よりによってイースターの日曜に寝込んでしまった。 …

ゲッセマネの夜

涙を流すには明るすぎるから電気はつけないでおこう 夕闇の流涕も無き悲しみにわれはふれえずふるる手もたず イエスはひどく恐れてもだえ始め、彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。・・」(マルコ14:33~34)

春ともし

春ともし闇より浮かび来たるものユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たちを引き連れて、そこにやって来た。松明やともし火や武器を手にしていた。(ヨハネによる福音書18:3)